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出世城の現在 浜松城の整備構想

 6月16日付の毎日新聞朝刊を見ていたら、「静岡 中部」版に、浜松市(公園課)が浜松城の復元構想に動き出していることを伝えていた。浜松城については、50年前(1958年)に、民間からの募金で天守閣が再建され、その後、浜松市の史跡に指定されている。小生、天守閣は先の大戦の空襲で焼け落ちたか、明治維新時の廃城令により取り壊されたかしたので、残っていた図面で復元したものとばかり、思っていた。

 しかし、記事によると、明治維新はおろか、江戸時代からすでに天守閣はなかった。天守閣があったという記録や図面もないという。早い時期に落雷か何かで焼け落ちたのだろう。その後、再建されなかったらしい。ただし、天守閣を乗せる土台の石垣(野面積み)だけはほぼ当時のまま、現在も残っている。それでよく、天守閣を復元できたものと不思儀である。

 ただ、今回の復元は、残っている遺構や発掘調査に基づいて、天守門と富士見櫓を復元するという。この復元では、幕末につくられた「安政元年浜松城絵図」に記されているものと、発掘調査結果とを突き合わせて、再現する。

 史跡復元の狙いは、観光名所づくりであり、発掘を進めて、浜松市では2012年にも着工したいとしているという。

 新名古屋市長、河村たかし氏の見直し討論開始の中、名古屋城の本丸御殿復元工事が今年から始まっている(総工費=150億円、寄付=40億円、2017年完工)。先日の討論会の結論は、参加者の三分の二が、一部修正して継続も含めて「継続」に賛成。熊本城も、ともかくも本丸御殿を再建した。こうした構想を聞いていると、金沢城の二の丸御殿復元や、辰巳櫓復元も決して夢ではないと感じた。要はやる気が県民、行政にあるか、ということに尽きる。財政難もあろう。世界同時不況という悪条件もあろう。辰巳櫓については、その土台がすでに崩壊してないという事情もあろう。少し外からは見えにくいが、それよりも三階櫓のほうが図面もあり、やりやすいという専門家らしい手堅い見方もあろう。

 それもこれも、要は、県民のやる気、行政のやる気、そして、百年先を見据えた戦略性の有無によっている。これがなければ何も前には進まない。観光資源というのは結果であり、それよりもまず、城下町金沢の貴重な資源として、二の丸御殿の復元も、市街地からよく見え金沢城のシンボル的な存在となりえる辰巳櫓の復元も百年の大計の下に構想し、その具体的な実現の道筋づくりをすべきであろう。そのための模型づくりであって欲しい。これに刺激を受けて、行政が本格的にこれらの復元に動き出すのは、まだ、まだ、先であろう。2009.06.16

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