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2009年5月

驚異のひよこ ふ化後3、4日で足し算、引き算ができる

 全国紙の夕刊は面白い。そう言ってきたが、なかなかどうして、地方紙も負けてはいない。特集ではないものの、科学ジャーナリストとしては、びっくり仰天、ローマ共同電だが、

 人間の赤ちゃんより、ニワトリのひよこのほうが、よっぽど天才

と思わせる記事が出ている。5月22日付静岡新聞夕刊である。「ひよこの計算に関する実験」という二枚のカラー図入りである。見出しは

 足したり引いたり/ひよこに計算能力?/伊研究チームが実験

 事実なら、人間の赤ちゃんをしのぐ能力である。あまりにおもしろいので、また、短い記事であるので、ほぼ全文引用する。

 「イタリアのトレント大とパドバ大の動物行動学者らの研究チームは、このほど、ふ化後三、四日目のひよこに小さな数を足したり引いたりする簡単な「計算能力」があるとの研究結果をロンドン王立協会の会報に発表した。研究チームは「生後間もない動物に計算能力が本能的に備わっていることを示している」と結論付けた。

 チームは、ひよこがふ化後に初めて見たものを親とみなして後をついて行く「刷り込み」という習性と、複数の集団のうち、数の多いほうに寄っていく傾向を利用した実験を考案。ふ化後、五つの黄色いプラスチックボールと一緒に育てて慣れさせた。

 その上で二つのついたてを左右に並べ、ひよこの目の前で五つのボールを一つずつ、左右どちらかのついたての後ろに隠すと、ひよこは常にボールを多く隠しているついたてに近寄っていくことが確認できた。

 さらに、一方のついたての陰から他方のついたての陰にボールを移動させても、ひよこはボールの数の多い方のついたてを選んで近寄っていくことが判明。数を足したり、引いたりする能力の存在が推定できるという。」

 たとえば、五つのボールを左右のついたての真ん中にみえるようにおいて、一個ずつ、左右いずれかに移動、左に四個、右に一個、ボールを隠したとする。このとき、ひよこは、数の多い左に近寄っていく。そこで、こんどは、その状態から、ひよこに見えるように、左のついたてに隠れているボールを一個ずつ、計二個を右のついたての後ろに移動する。すると、ひよこは、(左のついたての陰には四個から二個減って二個しかない。そのかわり、右のついたての陰には、二個増えて計三個になった)というように、引き算と足し算をしたかのように、数の多い右のついたてに近寄っていったというのだ。

 ついたてがあるので、直接にはボールは見えない。したがって、ひよこは、驚くべきことに、左のついたての陰にあるボールの数を記憶することができる。右のついたての陰にあるボールも記憶することができる。その上で、ボールの移動した個数だけを記憶装置から引いたり、足したりして、左右どちらが多いかを判断していると考えられる。つまり、記憶装置が少なくともひよこの脳内には二カ所、足し算引き算するレジスターが少なくとも一つは、生まれながらに持っていることになる。

 ということは、この計算は、生後に習ったものではなく、自動的にハード的に処理していることになる。四個と一個の区別、三個と二個の区別ができる。生後三、四日で目がちゃんと見えるというのも驚異的である。人間の生まれて間もない赤ちゃんは、ほとんど目が見えないのに比べると大変な違いである。

 人間の赤ちゃん実験については

『赤ちゃんは世界をどう見ているか』(山口真美、平凡社新書)

がある。この本によると、生まれたばかりの新生児でも、動いているものに反応する能力を持っている。ボールのようなものが、自分のほうに向かって転がってくるとき、首をそらしたり、目をつぶったりする。つまり、回避行動とまではいかないが、危険を感知しているのだろう。生まれたばかりの赤ちゃんにも、かんたんな場合には、ちゃんと三次元空間を理解している。奥行きがあるかどうか本能的に知っているのだ。

 人間の赤ちゃんは天才だ。ひよこは、それよりもっと天才だ。

 小生、毎朝、ゆで卵を食べるのを楽しみにしているが、なんだか毎日、大天才をたべているようで申し訳がない。これからは、食べるのを少し減らそうと思う。2009.05.31

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進化のメカニズム解明? なぜ「17年素数ゼミ」は生き残ったか

 全国紙の夕刊が面白い、ということは、このブログでも何回か、その実例を紹介したが、最近、5月25日付日経新聞夕刊にも、

 「素数ゼミ」の謎解明/静岡大理学部チーム、生存の過程再現

という静岡大理学部吉村仁教授(進化生物学)+兵庫県立大チームの研究成果が紹介されている。コンピューター・シュミレーションによる再現実験であるが、米科学アカデミー紀要電子版に掲載された論文になっているものである。素数ゼミというのは、素数の13年、あるいは17年周期で大量発生する蝉のことであり、最近では、2004年に米東部に17年ゼミが大量に発生した。

 問題は、なぜ、素数の繁殖周期を持つセミだけが生き残ってきたのかということだが、素数だと、たとえば、ほかの12年周期や14年周期のセミとちがって、繁殖期がほかの周期のセミと比較的に重なりにくいからだとは、すぐに思いつく理由だ。しかし、それだけでは、素数ではない周期を持つセミがまったく生き残らないのはなぜかという理由は説明しにくい。頻繁なほかの周期ゼミとの交雑で、同周期のセミとの出合いの機会が少なくなり、結果として繁殖力が低下するものの、ぜんぜん生き残れないというほどのものではないはずだ。確かに、素数ゼミであろうと、なかろうと、周期が重なると、ほかの周期のセミと交雑し、子孫を残しにくくなる。しかし、繰り返すようだが、同周期のセミともある程度交尾はするわけで、生き残れない、全滅するというのは合点がいかない。多少は生き残るはずだ。

 そこで、静岡大チームは、自然界にみられる「種の個体数が一定の数を割り込むと、つまり、一定数以下になると、それはもう絶滅に向かう」という「アリー効果」を人為的にシュミレーションに加えた。一種の「足切り」効果である。そうすると、予想通り、周期がなかなかほかのものと重なりにくい素数ゼミだけが生き残るというわけだ。この結果はある意味で、当たり前のように考えられる。当然考えられるのは、大きな素数ゼミほど、ほかのセミと繁殖期が重なりにくいので、繁栄するということになりそうだが、あまり次の繁殖期までの期間が長いと、その間にその素数ゼミの数が減ってしまい、次の繁殖期までに死に絶えてしまう。そのへんの兼ね合いで、13、17、19年素数ゼミが繁栄してきたのであろう。はたまた、あまりに小さい素数、2、3、5、7、11年ゼミではほかの素数ではない周期ゼミとそれほど違わない頻度で交雑して、これまた、アリー効果で絶滅する可能性が高くなる。素数ゼミとしては、23、29、31、37年素数ゼミが繁栄していてもおかしくないが、これだと、繁殖期が重なるのは、最低でもそれぞれ46年ゼミ、58年ゼミ、62年、74年ゼミであり、人生100年程度の人間には、なかなか23、29、31、37年ゼミが繁栄しているのか、それとも交雑により絶滅に向かっているのか観察して実際に確かめるには、観察期間が数百年以上かかるだろうし、実際繁栄していても気づかないのかもしれない。

 以上のようなことは、論文に書いてあるのかどうか、知らない。また、アリー効果の足切りをどこでするのかの線引きによらず、13、17、19年素数ゼミの順で生存個体数は増加するだろうと予想される。しかし、シュミレーションの結果は、個体数の多い順は17、13、19年素数ゼミの順だったというのはなぜだろう。この一つの解答は、13素数ゼミは、11素数ゼミと同様、素数としては小さく部類に入り、交雑が激しいから、むしろ絶滅の部類には入らないにしても、繁殖はそれほどでもなかった。繁殖急増は17素数ゼミから始まるというわけであろう。しかし、23素数ゼミでは、上記の理由により、これまた繁殖がそれほど急激にならないというわけで、結局、13、17、19素数ゼミが生き残った。

 ただ、問題は、このパラメーターの設定次第で結果がいかようにもなるということのないよう、パラメーター設定値が自然界での実際に近いものでシュミレートすることが大事である。この設定値を小さくすれば、素数ゼミの生き残り優位性はなくなるだろうし、大きく設定すれば、その優位性は顕著になることが予想される。コンピューターでやれば、何らかの結果は出るのであり、これをもって、進化のメカニズムが解明できたとするのは早計な気がする。

 こうしたことを考えると、もう一分張り、なぜ素数ゼミの中でも、13、17、19年素数ゼミだけが繁栄しているのだろうかという謎解きも要るように思う。

原著論文を読んでみたい。2009.05.30

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緑茶でうがい 新茶の季節、飲んでよし、はき出してよし

 ライバル紙だから、あまり紹介したくはないのだが、5月27日付中日新聞夕刊

 緑茶うがい/インフル予防/新型にも効果

には、うーんと感心してしまった。大騒ぎになっている新型インフルエンザ対策で、うがいが大切ということは、耳にたこができるぐらいに言われているが、

 身近で、効果的なうがい

というものはどんなものがあるか、ということはほとんどの新聞は書いてはいない。ただ、うがい、うがいと言っているだけだ。そこに目を付けた記者(静岡総局・松本利幸)はえらい。しかも、静岡県立大薬学部の山田浩教授の研究論文、しかもこの研究成果は日本臨床薬理学会で論文賞を受賞した論文であり、それをかみ砕いて地元ネタ風に紹介しているのだ。すごい。

 ひと言で論文の中身をまとめると、緑茶に含まれているカテキンに抗ウイルス作用があるということを臨床的に確かめたのだ。「細胞に吸着するウイルスの部位にカテキンが付くことで感染を妨げる」。

 数百人規模の被験者にそれぞれカテキン水と、偽カテキン水で毎日うがいを三カ月間続けてもらった結果、カテキン派には二人のインフルエンザ発症がみられたのに対し、偽カテキン派では、四人が発症した。緑茶濃度は一般に飲まれている緑茶濃度でいいという。統計学的にはこの差が「有意」かどうか、記事には出ていないが、チェックしたのだろう。緑茶うがいは、インフルエンザの型を問わず、有効だという。記事によると、この厳格な試験は、聖隷浜松病院(浜松市中区)と県立総合病院(静岡市葵区)など三カ所の医療機関関係者ら健康な人を対象に検証したという。いずれも、静岡県内の病院が関わっているのが、うれしい。

 外から帰宅したら、まず、緑茶でうがい。そのあと、ゆっくり緑茶を今度は飲むのもいいだろう。お茶の静岡県らしい科学的な予防法だ。というか、静岡県だから生まれたアイデアであり、できた研究だろう。2009.05.29

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納豆は地球を救うか びっくり、救うのです

 朝の出勤途中の無料バスの中で、ラジオ(SBS)を聞いている。静岡駅から会社までのほんの10分くらいの間だが、「週間エンター」という番組である。今週は、ユニークな研究をしている人の紹介であった。小生、納豆好きだが、あの糸引き納豆の糸はなぜできるのかということは考えたことがなかった。ところが、九州大学農学部の原敏夫准教授はそんな疑問を持った。それどころか、そこから出発して30年の挑戦が始まったのだ。そのきっかけは、なんと、助手時代に、ヨーロッパのオースリアから女性留学生が

 日本の納豆研究

のため、原さんの研究室にやってきたことだった。そこから

 納豆はなぜ糸を引くか

という研究が始まった。その原因を15年にわたって追究していく中で、ついに納豆菌の中の特定の遺伝子が納豆の糸(γ-ポリグルタミン酸)をつくることを明らかにした。糸に放射線を当てると、吸水性、生分解性および可塑性という特徴を持つ納豆樹脂ができる。これが水を吸収すると透明なゲル状になる。これがなんと、1グラムの納豆の糸では、5リットルもの水を抱えることができる。つまり、保水性がとてもよいことを突き止めた。納豆樹脂はハチの巣構造になっていてその穴に水を抱え込むのである。糸に当てる放射線量を調節して構造のきめ細かさを増大させれば、場合によっては、なんと20リットルもの水を抱え込むことができるという。

 そんな話を原さんは、短い時間のラジオインタビューで要領よく答えていた。これだけなら、誰もこの研究に興味を持たなかったかも知れない。しかし、原さんは、ある時、

 これは砂漠を緑化するのに役立つかも知れない

とひらめいたそうだ。納豆樹脂を栄養豊富なヘドロや植物の種と一緒に砂漠に埋めると、発芽して、緑化できるかも知れないというわけだ。研究室で発芽実験に成功するだけでは気が済まなくなったのか、最近、中国・ゴビ砂漠でボランティアとともに、植樹基地までつくって、着々と「地球を救う」壮大な実験を今もしているという。砂漠緑化事業である。

 そんな夢とともに、納豆樹脂関連商品づくりのため、

 ハラテックインターナショナル株式会社(本社=福岡市博多区)

まで設立して、取締役となっているというのだから、すごい。大学発のベンチャー企業である。最近では「納豆樹脂を活用したアトピー性皮膚炎患者向け保湿剤の開発」研究が国に認められ、実用化に向けてスタートしている。

 原さんの著書に『納豆は地球を救う』(リバティ書房)がある。納豆パワーもすごいが、地球を救おうという原さんの研究心のパワーはもっとすごい。科学のための科学も結構だが、社会のための科学はもっと結構だ。

 余断だが、納豆は日本独自の食品と考えがちだが、東アジア一帯に「納豆文化圏」を形成している。食べ方や形は少し違うが、韓国にも中国にも納豆はある。その起源は原さんによると、中国・雲南地方だという。さらに、アフリカにも納豆文化圏がある。西アフリカには「ダワダワ」という納豆菌を使った伝統食品があるという。つまり、

 原説によると、糸引き納豆の歴史は、雲南から西アフリカへ。それに伴って、おそらく人類の起源の数百万年までさかのぼるかもしれないのだ。

 納豆を知れば、人類の移動数百万年の歴史がわかる。2009.05.28

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伊勢湾台風50年+数値予報50年=台風5日先進路予報

 久しぶりに、気象庁を訪れた。新しく就任した櫻井邦雄気象庁長官、地震火山部長、予報官らと、マスコミ各社の論説委員などとが意見交換した。科学ジャーナリストとして、少し興味を持った二点について、書いてみたい。

 和歌山県潮岬(紀伊半島の突端)に上陸した伊勢湾台風(1959年9月)は台風災害としては、死者・行方不明者が5000人を超えるという戦後最大の被害を出した。主に愛知県、三重県で大きな被害が出たが、伊勢湾での高潮被害がひどかった。この教訓から、災害対策の基本を定めた災害対策基本法が成立する。

 今年は、伊勢湾台風から50年にあたるが、実は、この年には、日本に大型計算機(IBM704)が気象庁に導入された年でもある。今年は、数値予報50年でもある。この50年で、台風の進路、その中心気圧の強さ、拡がりや風力、雨量予報は飛躍的に進歩した。最近の数値予報では、

 台風の3日先進路予報

が行われている。そして、今年度からは、全地球大気圏を約1億個の格子(メッシュ)点で表現し、スーパーコンピューターを使って、それぞれの点で気象要素を弾きだし、時々刻々進路を計算する

 台風の5日先進路予報

が始まった。発生初期には進路変化が著しく、また、晩期には進路は大きく方向を変えることは少ないが、加速度的な動きをすることから、5日先予報は大変に難しいそうだ。5日先では誤差が現在のところ大きく、極端な場合、日本全土が進路にあたることもありそうだ。当面は、5日先については進路予測というよりは、台風が近づいていることを知らせる警戒警報的な意味合いが強い。

 もうひとつ、静岡県に住んでいる関係で興味のある意見交換としては、東海地震など発生した地震を直ちに住民に知らせる

 緊急地震速報の伝え方

である。震源地が近く速報が間に合わない場合、つまり、速報が来る前に、地震のほうが先に届いてしまうという場合、速報をその地域に伝えるかどうか、という問題だ。気象庁としては、間に合わない速報は、伝えないとの方針を打ち出している。なぜなら、そうしないと、地震が起きて大騒ぎになっているところに、遅れてきた役立たずの「速報」が「大きな揺れの地震が来ます、大きな揺れの地震が来ます」ということになり、住民は「また、地震が来るのか」と錯覚するからだ。しかし、知らせないということで、周りの状況がわからず、かえって混乱が起きないか。なんらかの条件、例えば、「この速報は間に合わない地域があります」のひと言を入れて、ともかく情報だけは伝えるなどの工夫をするのはどうか。最も被害が大きい震源域に近いところには、速報が間に合わない可能性が大きいが、そこに肝心の情報が、結果的に人為的に届かないようにするのはおかしい。

 地震火山部長によると、こうした意見は多かったようで、気象庁の評価委員会でも、間に合わない場合は「速報」を出さないことにしたいという気象庁の考え方については再検討中という。速報回数がもう少し増えた段階で、それを再吟味し今年度中にも、結論を出すという。

 東海地震発生速報をできるだけ早く出すためのハード面については、これまで海側の観測体制(既設分は五基)が手薄になっている点を改善するため、

 ケーブル式海底地震計を遠州灘沖-紀伊半島・熊野灘沖に五基増設

し、計10基体制にしたという。ケーブルの陸上げ地点は御前崎の突端で、すでに運用を開始している。これにより、海側に近い震源域で東海地震が発生した場合、現在よりは数秒から数十秒程度早く検知できるので、その分、速報性が高まることが期待される。ただし、地殻の動きをより直接的、かつ正確に知ることができる地震予知に必要な体積ひずみ計は海側には現時点の技術力では設置できないので、代替機器の開発など、この点の改善はなかなか難しい。発生前の予知より、発生後の緊急速報の速報性の向上に力点を置いた対策が今後ますます高まるだろう。

  このケーブル式海底地震計の倍増となる設置は、2008年7月、石川嘉延静岡県知事が平木哲気象庁長官に「緊急地震速報の活用で、強力な支援をお願いしたい」と要請したことに対する一つの解答であろう。

  北朝鮮の二度目の最近の原爆実験についても、気象庁が張り巡らした地震計網から、震源が北朝鮮北端であることを大きなディスプレイがはっきりとらえていたのには少しびっくりした。

 少し、難しい話になったが、久しぶりの勉強会であり、天気予報などの現業部門の現場を見学したのも有益であった。2009.05.28

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高等ニセ科学化する『脳』本

 日曜日だというので、午後、JR浜松駅に最近オープンした大型書店、谷島屋にぶらり、店内で珈琲でも飲もうと足を運んだ。運んで科学ジャーナリストとして、驚いたのは、脳に関する本が大変に多いということに気付いたことだ。平台に乗っているのをざっと挙げてみる。

 『フリーズする脳 思考が止まる、言葉が詰まる』(NHK出版、生活人新書、築山節、2005年11月)

 著者はある病院で「高次脳機能外来」を開設している脳神経外科専門医であるだけに、内容はしっかりしている。医博でもあり、解説がすこし難しいのが難点だが、的を絞っていて、とても参考になる。

 ところが、平台のよく見えるところに、まとめて、同一脳科学者のいずれも新書判が五冊も並べられているのにはびっくり。こうだ。発行年順に、

  『欲望する脳』(2007年11月) 

愛の欲求、金銭欲、利己主義など現代社会を欲望から読み解く決定的論考(帯)だそうだ。二年がかりでPR雑誌に連載したものを自分でまとめたもので、帯には「脳科学が人間の本性に迫る」とあった。

 『すべては音楽から生まれる 脳とシューベルト』(2008年1月)

クオリア、創造、偶有性、記憶、感動-脳科学者の原点と本質がここにある(帯)。これは、著者がしゃべったことを編集者がまとめたものである。

 『ひらめきの導火線』(2008年9月)

帯には、自分の可能性に火をつけろ ! とあった。どうも内容からは脳科学の本らしい。これも、著者がしゃべったことを編集者がまとめた安直版。

 『化粧する脳』(2009年3月)

他人はあなたをどう見ているか? (帯)  大手化粧品会社研究グループの共同研究成果が巻末に掲載されているので、五冊の中では、比較的に科学的な装いが整っている。

 『音楽の捧げもの ルターからバッハへ』(2009年5月)

出版社が準備した紀行企画の取材紀行文で自ら書いたもの。「すべては音楽から生まれる」の第二弾だという。いずれも、増刷されており、売れている証拠であろう。

 新書判とはいえ、わずか一年半でこれだけ出している。

 そこで、科学的な装いがあり、従って最もまともそうな『化粧する脳』をわざわざ買って、店内のカフェで読んでみた。五章から成り立っている。この本の特徴は、各章に必ずポイントとなるところに、いかにも科学用語らしい、一般にはすぐ理解できないキーワード用語が意図的に使われていることである。ミラーニューロン、社会的知性(以上、第一章)、アディクション、ビューティー・イズ・スキン・ディープ、ソーシャルパスポート、ピアプレッシャー(以上、第二章)、アルファー・メイル(第三章)、饒舌と沈黙のあわい(第四章)、メタ認知(第五章)

  これだけの専門用語、それもカタカナで要所要所にちりばめられている。親切のために日本語について説明しておくと、饒舌とは冗舌のことであり、「あわい」とは「間(あいだ)」のことにすぎない。

 しんどい思いをして、この薄っぺらな新書を読もうとあちこち鉛筆でチェックしながら何を言いたいのか、何とか知ろうと、悪戦苦闘、必死で読み取ろうとしたが、ほとんどは徒労だった。ただ、わかったことは、脳科学を操れば、どんなことでもこの世界の森羅万象はいかようにも説明が可能であるということだった。これは科学ではない。

 科学であるためには次の要件を満たさなくてはならない。

 何が言いたいのか、明確であること。言いたいことが定量的であればなおいい。

 実験で検証可能であること、再現性があること。

 何らかの、予測ができること。

 高等であろうと低級であろうと、科学的であることを装うニセ科学の特徴は、何でも説明可能であるが、何も予測できないのが特徴である。以前に述べた『感動する脳』しかりである。脳科学は何でも説明ができるところに問題がある。

 これに比べると、近著新書『戦争する脳』(平凡社、計見一雄)、『共感する脳』(PHP研究所、有田秀穂)は、著者得意分野に的を絞っている分、まだしも、科学書らしい。

 それにしても思うのだが、二十年前単行本(青土社)として出版された養老孟司さんの『唯脳論』(1998年、ちくま学芸文庫)は、何度読んでも含蓄のある脳科学の基礎本である。今も読むべき、重厚で考えさせる、示唆に富んだ、いわゆる名著だ。

 いかがわしい脳本が多すぎる。 2009.05.25 

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ひとり酒 しらたまの 歯にしみとほる

  しらたまの 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしづかに 飲むべかりけり(若山牧水)

  この和歌は、岩手県北上市出身の牧水が長野県小諸で詠んだもので、旅の風情が伝わってくる。小生は、金沢在住時代、中心部の飲み屋街、木倉町通りの赤ちょうちんで一人手酌で飲んだりしていて、私の好きな歌である。明治43年の作というから、もうかれこれ百年前のものである。

 ところが、5月21日付毎日新聞朝刊に、

 「孤独な酒」脳卒中の危険2倍/厚労省研究班

と出ている。2倍というのは、酒を飲まない人に比べてのリスクである。脳卒中とは、血管が破れる脳内出血と、血管が血栓でつまる脳梗塞の両方を指す。男性を対象にしたこの調査は、約2万人を10年間にわたって追跡調査し、飲酒と、ともに酒をよく飲む親友と呼べるような「頼れる友達」がいる場合と、そういう親友のいない「一人酒」の場合に分けて、友人関係の在り方を比較した。

 その結果は、1日平均ビール大びん1本(=日本酒1合相当)未満を飲み、親友がいない一人酒の場合、飲まない人に比べて、脳卒中の発生率は1.2倍高まる。これが2本未満だと、1.8倍に跳ね上がり、3本1.9倍。

 親しい人のいない「一人酒」では大びん2本、3本と飲むと、脳卒中リスクは約2倍。

 一方、頼れる人がいて、ともに楽しく飲む機会の多い場合は、飲まない人に比べて、2本未満まででは、なんと逆に、リスクは0.7-0.8倍と危険率が下がる。つまり、ワイワイ楽しくお酒を飲むと、大びん2本までなら、むしろ、飲まない人に比べて、脳卒中になりにくい。しかし、ストレス解消に効果があるというわけだろう。しかし、3本以上の大量飲酒だと、飲酒の害が勝ってくるのだろうか、リスクは1.2倍に高まる。

 親友とのワイワイ酒は、大びん2本までなら、むしろ脳卒中リスクが小さくなる。

 実は、同じような「適量の酒は薬」という医学的な証拠、調査は、飲酒とがんとの関係にもある(1999年9月10日付北國新聞朝刊)

  酒、少量なら「百薬の長」/「2日に1合」、がん死最低

という記事(これも厚生省研究班の調査)が出ている。酒好きの小生、この十年前の記事を今も後生大事に持っていて、ときどき眺めているのである。対象はタバコを吸わない健康な男性約2万人で、七年間追跡調査した。その結果、まったく酒を飲まない人に比べて、2日に1合程度の人は、がん死危険率は0.53倍と、むしろ半分近くリスクが減少する。ところが、毎日1合程度だと、がん死危険率は0.9と、まったく飲まない人と同程度。これがさらに、小生のように「毎日2合程度」となると、1.5倍に跳ね上がる。毎日4合の大酒飲みとなると、1.54とそう変わらない。

 毎日飲むなら、1合程度を親しい人ともにわいわい飲むのが薬であり、脳卒中も、まったく飲まない人に比べて、0.8倍もリスクが小さくなる。しかも、がん死の危険も、まったく飲まない人と同程度になる。飲む健康とはこの当たりにあるのだろう。

 だから、牧水のような「酒はしづかに 飲むべかりけり」は旅の一場ではいいが、毎日というのは、飲む量にもよるが、あまりよくないのかもしれない。牧水に叱られるかも知れないが、文学を離れて、健康で長生きしようという観点からは、これからの季節

 日に一合 歯にしみとほる 夏の夜の 酒は楽しく 飲むべかりけり 

というところであろうか。 

  蛇足だが、牧水にはこんな歌もあるという(5月27日付日経新聞コラム「春秋」)

  人の世に たのしみ多し 然れども 酒なしにして なにのたのしみ (牧水)

大酒がたたったのか、牧水は43歳の若さで亡くなったという。2009.05.22

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雑誌ジャーナリズムの受難 若者を置き去りにしたツケ

 月刊『新潮45』(2009年6月号)が、

 雑誌ジャーナリズムは死なない/今こそ勝負の時 !

と悲痛な見出しで叫んでいる。書き手は評論家の坪内祐三氏である。日本を元気にするオピニオン月刊誌『諸君 !』が2009年6月号で休刊することを惜しんでの論考である。『諸君 !』最終号には、「盟友」月刊誌『正論』6月号の広告が巻頭近くに載っていて、

 「諸君!」の四十年に深甚なる敬意を表します。惜別の思いを決意にかえ、「正論」は〝保守〟の松明を掲げ続けます。

と哀悼の辞を述べている。ライバル雑誌も相手が休刊となると、やはり、広告を出したいくらいに、相手読者がわがほうに来てくれる期待からか、うれしいらしい。しかし、小生としては、今や、保守月刊誌としては、「文藝春秋」は別格として、「正論」、「新潮45」、そして、それらよりはあまり知られていないが、新しい日本を創る提言誌「Voice」(PHP研究所)ぐらいになったのか、と寂しくなる。それというのも、この一年で、左から右まで合わせて

 『論座』(朝日新聞社)、『月刊PLAYBOY日本版』(集英社)、『現代』(講談社)、そして、今回の『諸君 !』(文藝春秋社)

という名だたる大出版社の看板とも言える総合月刊誌が休刊に追い込まれているからだ。長引く出版不況という日本国内の事情に、このところの世界経済危機の大波をかぶったことが相次ぐ休刊の大きな理由であろう。

  しかし本当の理由は、若者を置き去りにしたツケであろう。

 この休刊で一番、雑誌ジャーナリズムにとって痛手なのは、作家、ライター、編集者が腕を磨く場が、狭くなったことだ。休刊で、じっくり時間をかけたいい仕事の発表の場が狭まっているのだ。 

 それだから、いきなり単行本というやり方が増えている。新刊発行点数が、20年前には約三万五千点だったのが、最近では倍増の約七万点にも達している。つまり、雑誌連載でじっくり取材し、連載し、さらに単行本化にあたって、練り直すというプロセスが減ってきている。これでは、単行本化したいようないい作品は生まれないだろう。

 教養のデフレ化、新刊発行点数のインフレ化

が進行している。

 その典型が、『諸君 !』の巻頭超辛口コラム「紳士と淑女」である。三十年続いた連載である。まとめて単行本化もされており、深い教養がにじみ出ている。長い雑誌連載であるからこそ、辛口で磨かれた教養に結実したのであろう。いきなり新刊ではとてもこれだけの教養は生まれない。小生の愛読書でもある。著者は、ジャーナリストの

 徳岡孝夫

だったことが、この最終号で明かされている。もともと毎日新聞社会部、「サンデー毎日」編集部に在籍。自決直前の三島由紀夫から手紙や檄文を託された記者で知られる。

 月刊雑誌ジャーナリズムの衰退は、作家やライター、さらに編集者にとって教養の劣化時代の始まりかもしれないと言えば、買いかぶりすぎであろうか。

 「紳士と淑女」ばかりが知られる『諸君 !』だが、科学ジャーナリストとしては、

 サイエンティスト異能列伝(科学作家、竹内薫)

も面白かった。最終回は、

 火山のマグマを透視する

である。簡単に言えば、大気中に飛来する素粒子を使って火山をCTスキャンし、噴火予知に役立てようというユニークな話。東京大学地震研究所の田中宏幸火山噴火予知研究センター特任助教のアッと驚く仕事の紹介である。七頁にわたってイラスト入りで解説している。

 諸君、月刊『諸君 !』は科学紹介でも、決して遅れをとっていなかったことを忘れてはならないだろう。2009.05.21 

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ドラマ「MR.BRAIN」 木村拓哉「脳はウソをつけない」

 NHKの番組広告的な映像にはむきだしの脳が二本の足で歩いて、「学ぶ冒険」とナレーションが入る。ユニークで面白い。それなら、もっと面白くしてやろうというわけでもないのだろうが、

 SMAP木村拓哉が警察庁科学警察研究所の脳科学研究室を舞台にドラマ「MR.BRAIN」(TBS=SBS系)

に脳科学者として出演する。放送は土曜日夜だという。人間は平気でウソをつく。しかし、人間の「脳はウソをつけない」というのが捜査手法で、どうやらさまざまな脳科学の手法や成果が登場するらしい。もはや、刑事は靴を磨りへらして、犯人を追うというのは古いらしい。最新の機器を駆使する、最新の脳科学の成果を駆使する。もう、DNA鑑定なんて古い、古い。脳科学者が犯人の脳に迫るというわけだ。

 脳を知れば、犯人がわかる

というわけだ。ドラマだからいいようなものの、超能力者刑事というべきか、ともかくニセ脳科学研究室の物語なのである。

「へえ、そうなの」

と視聴者が本気で信じてしまうのが、心配。なに、視聴者はそれほど単純でも、ばかでもない。ある解剖学者の大ベストセラー『バカの壁』を突き破るには、よいドラマかもしれない。2009.05.21

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「感動する脳」 共同幻想の高等ニセ科学

 天体物理学・宇宙論で世界的に知られる池内了さんが、富士ゼロックス隔月広報誌「グラフィケーション」に十年以上の長期連載をしていて、私も愛読者である。

 「現代科学の見方・読み方」

という統一タイトルで、2008年9月号は、ちょっと変わった

 共同幻想としての「疑似科学」

を取り上げている。いわゆる今流行の「ニセ科学」について、書いている。近著『疑似科学入門』(岩波新書)の紹介も兼ねているようだ。面白いのは、ニセ科学にも三種類に分類されるという点である。

 第一は、心にかかわる問題であり、占い系、超能力系、宗教系である。第二は、科学用語を意図的に乱用、誤用、悪用して科学的な装いで商売に結びつけるビジネス系。健康食品に多い。かつてのマイナスイオン、最近のクラスター水などなどだ。商売ではないが、「水からの伝言」などもこの類である。

 第三は、現代科学でははっきり結論が出せないことをいいことにその分野に踏み込んで、あたかもこれが真実であるかのように喧伝するグレーゾーン系。こんなものがはやるのは、現代人が、手っ取り早く結論がほしいという思考停止に陥っているからだという。つまり、疑似科学=ニセ科学には思考停止系があるのだ。

 この思考停止系のニセ科学がそれなりに社会に受け入れられる背景には、それなりに理由がある。それは共同幻想である。簡単に言えば「肩書きが共同幻想を作りだし疑似科学を振りまいているのだ」。

 ぐだぐだと書いてきたが、具体的な例で言えば、脳科学だ。アメリカで1990年代を「脳の十年」として、研究が集中的に行われた。日本でも少し遅れて、最後の暗黒大陸、脳の科学に研究資金を積み込み、現在も、活発な研究が行われている。医学としての脳だけではなく、人工知能AIなども相当な進展している。しかし、まだまだ道半ばであり、未解明な分野が多い。むしろ、端緒についたというのが実態だろう。そこに目をつけた脳ニセ科学がはびこるのである。

 たわいのないものには、『営業脳をつくる!』と、五日間で効果が出る秘密を大公開というのがある。しかし、歴とした脳科学者が『感動する脳』といういエッセイなのか、脳科学の成果を踏まえた解説書なのかわからないもっともらしい近著を出している。感動脳の育て方を伝授するというわけだ。一読してみると、「脳科学で感情というのを一言で表すなら、『生きる上で避けることができない不確実性への適応戦略』ということになるでしょう」。感情は不確実性への適応戦略だというのだ。感情は戦略だというのだ。わからない。そしてまた、生きる上で避けることのできない不確実性とは、わかるような気もするが、何なのだろう。宣伝文句に「感動で脳は進化するか」となっているから、この部分は肝心な部分だが、わからない。感動という非常に短い時間の出来事が、なぜ、進化というとてつもない長い時間の現象に影響を与えるのだろうか。感動はDNAに突然変異を起こさせる力があるのだろうか。わからない。それなのに、なんとなく、意味もわけもわからずにありがたがって信じてしまいそうなのは、共同幻想なのだ。肩書が物を言っている。

 テレビなどでも活躍しているこの脳科学者の経歴を奥付で見ると、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授、東京芸術大学非常勤講師。東京大学理学部、法学部卒。同大学院(理学:系)修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。

 立派な経歴をこれだけこれでもか、これでもかと並べられたら、本の内容がひょっとしてでたらめではないかという疑いを持つまもなく、そのまま信じてしまうだろう。誰も疑いを差し挟まない。出版社の担当編集者ですら、吟味するのが仕事のはずだが、内容に疑問を抱かない。これが共同幻想であり、ミソなのだ。

 この本のほかの部分は、たいてい、他愛のないもので、害もないし、益もない。退屈な話が続く。が、ときどき、上記のような目くらましのような言葉がちりばめられているので、だまされやすい。かなり高度なテクニックである。疑似科学をもてあそんでいるとは本人も含めて誰も気付かない。

 第三種のニセ科学は、高等なテクニックが売り。だれにでもできることではない。知恵者でなくては、とてもできない芸当なのだ。その分、本気で信じる人も出てくるだけに悪質とも言えるだろう。消費税込みで580円の罪は重い。2009.05.21

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新聞記事を裏読みする 核兵器廃絶へノーベル平和賞17人宣言 

 新聞を何気なくそのまま読んでいては、真実は分からない。確かに新聞は事実を報道している。間違いではない。しかし、そこには真実は書かれていない。ときおりそんなことが起こる。そんな時は、待てよ、と一呼吸おいて、記事の裏側に思いを巡らすことが大事なのだ。そんな記事として、5月18日付静岡新聞夕刊に載っている。

 核兵器廃絶へ行動を/ノーベル平和賞17人宣言/「差し迫った危険」警告

である。「世界のノーベル平和賞受賞者17人が、核兵器廃絶へ、積極的に取り組むよう各国指導者や市民に呼びかけた「ヒロシマ・ナガサキ宣言」を連名で発表した。被爆地広島に拠点を置く中国新聞の18日付朝刊に掲載された。-オバマ米大統領が先月「核兵器のない世界」を目指すと演説したことを背景に、世界的な核廃絶機運に弾みをつけるのが狙い-」と報道している。「中国新聞が協力し、(宣言の)草案を作成。存命の個人受賞者に呼び掛け、三十人のうち十七人が賛同した」と伝えている。その賛同者の名前が、同時に受賞年順に紹介されている。

 一読して、中国新聞社はたいしたものだ、すごいと感心した。地方紙の鑑だとも感動した。だが、しかし、よくリストを読むと、どうもおかしい。肝心要のアメリカ人の受賞者やロシア・旧ソ連の大物受賞者がほとんどこの十七人には、存命なのに含まれていないのだ。リストに載っているのは、言葉は悪いが、核兵器廃絶にほとんど影響力のない、業績はもちろん、名前すら聞いたこともない小物(失礼)ばかりか、コスタリカとか、チベットとか、東チモールとか、バングラディシュとか小国出身者ばかりなのだ。

 問題なのは、賛同しなかったアメリカ人やロシア・旧ソ連人の、それも大物である。

 例えば、アメリカでは、『核兵器と外交政治』との著書もある国際政治学者で、米ニクソン、フォード政権の国務長官だったヘンリー・アルフレッド・キッシンジャー(1973年受賞、85歳)、ジミー・カーター元大統領(2002年受賞)、アル・ゴア元副大統領(2007年受賞)などは、ご存命なのになぜか賛同者として名前を列ねていない。

 一方、ロシア/旧ソ連では、なんと言っても、ミハイル・セルゲイビッチ・ゴルバチョフ元ソ連大統領(1990年受賞)が賛同者として名前を列ねていないのが寂しい。反体制派の原子核物理学者で、ノーベル物理学賞受賞者でもあるアンドレ・サハロフ博士(1975年ノーベル平和受賞)は、生きていたらきっと真っ先に署名しただろう。ただ、ベルリンの壁崩壊の年、1989年に死去したのは、残念だ。

 もっとも、日本の佐藤栄作元首相もノーベル平和賞を首相を辞めた直後の1974年に受賞している。非核三原則が評価されたものだが、今生きていたとしても、今回の宣言に署名したかどうか、どうも疑問だ。そう思うのは、小生の狭量のせいであろうか。

 こうした新聞には書いてないことを並べてみると、核廃絶の道がいかに困難で、実現の道ははるか遠いということを思わざるを得ない。それでも、あきらめない。その心意気が大事だ。2009.05.19 

 

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一行のメモ 『或る「小倉日記」伝』の場合

 科学論文の核になるヒントは、得てして研究室で生まれるというより、朝目覚めの瞬間とか、散歩の途中とか、夜中にトイレに立った瞬間とか、そんな場合に突然湧いてくる場合が多いようだ。だから、湯川秀樹博士は、いつもまくら元にメモを用意していたし、ノーベル化学賞の福井謙一さんも同様であった。でも、後から読み直すと、全く見当違いだったり、本人自身もそのメモがどういうものか読めないというのもあるらしい。だけれども、メモしなかったために、どうしてもその時のひらめきが思いだせず、悶々とすることも多いようだ。湯川博士から直接そんな話を聞いたことがある。物理学の研究者10年、その後、科学ジャーナリスト20年以上をまがりなりにも続けてきた小生も、そんな先人の知恵にあやかりたいと、いつもメモ紙を一枚ポケットに入れて、出歩いている。このブログもそんなメモ習慣から、ほぼ毎日書けるようになったのだ。

 こんなことは、科学者だけでなく、作家の場合にもあるようだ。先日土曜日、NHKアーカイブス松本清張生誕百年記念番組で直木賞作家の阿刀田高さんが、

 名作を生む一行のメモ

として、語っていた。一行でいいから、核心のメモがあると、そこから名作が生まれると述べている。一例として、清張の芥川賞受賞作、短編

 『或る「小倉日記」伝』(新潮文庫)

の一番最後の一行を挙げている。こうだ。

 「田上耕作がこの事実を知らずに死んだのは、不幸か幸福かわからない。」

 森鴎外の小倉在住時代の三年間の日記が行方不明になっていることに目をつけた北九州市の障害のある郷土史家が母親とともに10年以上の歳月を掛けて調べ上げ、草稿段階まで仕上げて、戦後まもなく死亡した(事実は、終戦の年に母親とともに死亡)。そして、数カ月後、失われたと思われていた「小倉日記」が東京で発見された。このわずか一行の事実をヒントに、松本清張は、丹念にこの田上耕作の足取りをたどり、人物設定など少し変えはしたものの、短編の文学作品として仕上げたというべきか、昇華させたのである。その執筆動機は、この作品の最後の一行に凝縮されている。思いついたこの一行を書くために、清張は丹念に郷土史家の足取りをたどり、主人公の経歴や暮らしを詳しく調査している。実際の田上耕作は、作品の中の田上とはかなり違っていたようだが、歴史的な事実の中に清張の文学的なモチーフを組み込んだ大変に緻密な作品であると阿刀田氏はこの作品を高く評価している。事実は徹底的に調べ上げる。その上で、自分の文学、つまり「一行のメモ」を滑り込ませる。それが清張流の小説なのである。だから、

 事実は、小説より平凡なのである。決して奇ではない。2009.05.18 

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蔵から浮世絵版木382枚 富山県舟橋村の快挙

 よくぞ150年以上も残っていたものだと感心して、NHK土曜日の番組「ワンダー×ワンダー」(5月16日夜)を拝見した。富山県舟橋村の置き薬問屋の蔵から、江戸後期の浮世絵師、歌川國芳の浮世絵版木382枚(104作品)が見つかったという。どうやら、「反魂丹」で知られる越中の置き薬屋、立田(たった)万右衛門が、なんと、置き薬の「おまけ」づくりとして、浮世絵を配ろうとして、いらなくなった版木を江戸から持ち帰ったらしい。当時、版木はだんだん磨り減ってしまうと、風呂焚きの燃料として燃やしていたという。それを持ち帰ったというわけだ。刷ったものは、日光に当たり、残っていても退色が激しく、もともとの色はどうであったか、現在ではなかなか分からないらしい。それが、蔵という光の入り込まないところ、しかも、乾燥したところに置かれていたため、当時の色がそのまま版木に残っていたのだ。

 番組では、このもともとの色を使って、当時の浮世絵を再現しようというプロジェクトを紹介していた。4、5枚の版木で、最大30色ぐらいの色を出していたというから、すごい。出来上がった浮世絵は、多色刷りのすばらしいものであった。当時は、屋内はろうそくの光しかなく、浮世絵は、屋内を色鮮やかにしたことだろう。版木そのものは国の重要文化財に指定されることになっているらしい。

 金沢に20年以上在住していたが、北陸にはまだまだびっくりするような貴重な文化遺産が多く残っていることをうかがわせるような番組であった。2009.05.17

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ろくでなし 映画「60歳のラブレター」の爽快さ

 団塊世代の老科学ジャーナリストではあっても、やはりラブレターと聞くと胸がときめく。相対論のあのA.アインシュタイン博士だって、二十代後半には、最初の妻へのラブレターを50通以上も書いており、著作集などで公表されてもいる。さすがに天才物理学者がやがて妻となる女性物理学者への恋文である。この分析から、相対論という二十世紀の大理論の発見は、夫婦の共同作業から発見されたのではないか、という高名な科学史家の結論がある。「消された女性科学者」の一人というわけだ。さらに加えれば、そんなアインシュタインだって、ごく普通に不倫だってしているのだ。

 そんなわけで、最近公開された映画「60歳のラブレター」を見た。正直に言えば、男性として大いに反省させられた。三十年専業主婦としてがまんにがまんを重ね連れ添った妻(原田美枝子)から、離婚後、

 「ろくでなし」

と、家庭をかえりみない仕事人間の元夫(中村雅俊)を大声で罵倒するシーンは、女はもちろんであろうが、男の私も胸がスッとするくらいの圧巻であった。夫の定年退職と同時に離婚するという設定である。ろくでなしというのは、何の役にも立たないという意味だから、ちとひどいではないか、とも思ったが、男の私でも、このせりふにとても爽快な気分になった。女なら、余計そう感じただろう。ともかく、このシーンがなければ、たとえ、大物俳優、イッセイ尾形、井上順が出演していたとしても、この映画は駄作中の駄作で終わったであろう。森山良子が歌う主題歌も、団塊世代にとっては懐かしい。

 こんな映画に原作があるというので早速買ってみた。『60歳のラブレター セレクション』(NHK出版)であるが、とある大手信託銀行が2000年から夫婦間のラブレターをはがき一枚につづってもらう企画から生まれたもので、これまでに8冊目が出ているという。上記セレクションは、「珠玉の」選り抜きで、ここから「想を得た」として映画がつくられたという。

 しかし、びっくりしたのは、珠玉の「原作」のほとんどは、ばかばかしいほどの内容であり、どれもこれもステレオタイプ、つまり、読まなくても内容が分かるものばかり。しかも、どれもこれもワンパターンの決まり文句の羅列。同工異曲とはこのことだ。これには参った。いくら素人の文章とは言え、真実ならば、文章はへたくそでも、そこには何がしかの細部に感動があるはずなのに、何もない。心を打つものが何もないお定まりの文章なのだ。男も女も。この夫婦だからこそ、こういう言葉が出てきたのだなあ、という感動がない。「ろくでなし」とまでは言わないものの、そこに何がしかの真実があっていいのに、何もない。これでは「想を得た」シナリオを書かざるを得ない。脚本を担当した古沢良太、監督の深川栄洋両氏も苦労しただろう。

 映画はすばらしい。ラストシーン2分をカットすればもっと人生を考えさせる深みのある仕上がりになっただろう。ちひろを乗せた車が走り去ったところで「完」とすれば、離婚しているかどうかにかかわらず、観客にさまざまな思いを心に刻みつけただろう。このあたりが「ふれあい」好きの中村雅俊の俳優としての限界だと感じた。

 それはともかく、原作といえるかどうか、ともかく原作なるものはひどい。大衆とは欺瞞の塊であるということが、悲しいくらいに、よく分かった。なぜそうなのか。よくよく考えてようやく気づいた。小生もその一人かもしれないが、自分をあざむく欺瞞でも書かなければ、あまりに自分の人生が哀れなのだ。それを覆い隠したいがために、ほとんどのラブレターは自分をだまして書き飾って、無理やり自分を納得させているのだ。ステレオタイプの文章でだ。そんな「原作」ではあっても、そこから「想を得た」映画が誕生したことは、せめてもの救いである。その意味では立派に「原作」の役割を果たしたとは言えるだろう。

 心の奥底にしみいる本当のラブレターは、実は公開されないし、できない。恋文とは、そんなひそやかなものなのである。公開された恋文はラブレターとは言わない。2009.05.17 

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『死因不明社会』のその後 動き出した死因究明基本法案

 ベタ記事がかならずしも重要ではないということにはならない。今は、新型インフルエンザ騒ぎ、渡航歴のない神戸市の高校生に感染者が出たというので、マスコミ界は大騒ぎしている。それはそれで報道することは大事なことであろう。

 同時に、たとえベタ記事でも、長い目で見て、科学ジャーナリスとして、これは重要な報道だな、と感じる記事が出ることがある。

 死因究明基本法制定を提言へ 与党議連(5月15日付経済新聞朝刊)

である。同じ日付の毎日新聞朝刊にも、これまた第二社会面下欄にさらに小さいベタ記事で「異常死死因究明で提言」と出ている。与党の有志国会議員による「異常死死因究明制度の確立を目指す議員連盟}(会長・保岡興治元法相)が、死体の目視だけではすぐには死因が分からない「異常死」の死亡原因を究明するための制度の充実を図るため提言をまとめたというものである。毎日新聞によると、提言では

 「警察の検視官の増員や医師との協力体制を強化するなど検視体制の強化▽法医学の後継者不足を解消するための人材育成拠点「法医育成センター(仮称)」設置など教育研究拠点整備-など6点を求めている。「日経」もほぼ内容は同じだが、基本法で死因究明制度の必要性や理念をまず定め、その上で推進すべき施策や実施時期、責任を担う省庁などを明記するとしている点が目を引く。与党だけでなく、死因究明改善に向けて法案を提出している民主党とも協議するとしている。

 近著、『死因不明社会』の著者、海堂尊氏の基本的な主張に沿った動きであり、以前にも述べたような理由により、科学ジャーナリストとして、今後注目したい。2009.05.17

 

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話芸としての体験談 「エピソードトーク」の危うさ

 全国紙の夕刊は面白いと、この欄で何度か書いてきたが、5月15日付毎日新聞夕刊「乱調テレビ用語」に

 エピソードトーク

という用語を紹介していた。立派なひとつの話芸と結論づけていたが、言ってみれば、話芸としての体験談のことらしい。落後のように話芸だから、起承転結のある体験談、ないしは多少脚色のある体験談ということだろう。これがいつしか、架空の面白すぎるウソ、捏造話にならないとは保証できない。危うい用語なのだ。テレビ出演のたびに、もっと、もっと面白い話芸体験談を迫られると、つい、ウソ話に踏み込んでしまう。

 テレビのバラエティ番組がひんしゅくを買って久しい。その場限りのはちゃめちゃを話している分には、罪がない分、ましだ。これが、さらに、過激になり、つい、つい、捏造話の氾濫にならないよう祈りたい。2009.05.15

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裏切りのマナー第二弾 その理由と源 

 先日のこのブログで、佐藤優氏の「裏切りのマナー」について紹介した。裏切りのやり方には、内部告発、秘かなる職場放棄、つまりサボタージュがあり、意図的な情報漏えい、密告、不倫などさまざまある。それには礼儀などというものは存在しないということを骨身にしみて実感したと語ったのが同氏の話の趣旨。

 それでは、どうして裏切るのか

ということになると、さまざまな理由がある。保身。恨み。反感。嫉妬心。金目当てなど欲望と野心。果ては、自尊心、信念、正義心などが裏切りの動機となることも考えられる。裏切るほうにも、裏切られるほうにも正義心があるというから、面白い。

 これらの理由を一つ一つ吟味して、いろいろ想像をめぐらすと、結局

 自分の存在証明として裏切るのではないか

ということに思いが至った。犬や猫、小鳥が裏切らないのは、自分というものの存在を意識していないからなのだろう。悲しいかな人間には自意識がある。これが裏切りの源なのだ。

 京都では葵祭。結婚記念日にこんなことを考えるというのは、なぜなのだろう。自分でもよくわからない。2009.05.15

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視聴「質」 優良放送番組推進会議の発足

 5月12日付読売新聞夕刊に、トヨタ自動車、東京電力など大手企業26社でつくる「優良放送番組推進会議」(委員長=有馬朗人元東大学長)が発足したとの報道がでている。視聴率を上げることだけに精力を使い果たしているテレビ界に一石を投じたいという思いが会議にはあり、好感をもって読んだ。視聴率に代わる視聴「質」を公表した。参加企業の社員らに独自のアンケート調査し、5段階評価で点数化したものである。

 トップは「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)だった。大手民間企業の社員が選定しているので、経済報道番組がトップに選ばれるのは、ある意味で当たり前。これを外して、一般報道番組では、

 クローズアップ現代(NHK、国谷裕子キャスター)

がトップ。「解説が簡明」という評価であり、これはキャスターがよく勉強していることの結果であろう。その上、英語が堪能で、落ち着いた話し方、知性的な美貌も評価を高めているのだろう。国谷キャスターがもし、かわいい美貌(例えば、同じ中年女性でも、私の好きな黒木ひとみのような)では高い評価を望めないだろう。テレビにはその人の人柄、品性、骨柄までがそのまま正直に視聴者に伝わるから、こわい。

 意外なのは、その次に、

 週間こどもニュース(NHK)

が選ばれているのにはびっくりした。私自身もときどき見て、参考にしていたからだ。「大人が見ても役立つ」というのが、受けた理由らしい。小生が毎朝、見ている

 みのもんたの朝ズバッ ! (TBS)

は第21位。やらせ的な仕掛けをしたとして最近報道姿勢が問題になった「真相報道バンキシャ!」(19位)より下にランキングされている。もっとも驚いたのは、ジャーナリスト、筑紫哲也の後継者だった後藤謙次キャスターの

 総力取材!THE NEWS(TBS)

が、なんと37番組中、33位と低迷。なるほど面白くない上に、後藤キャスターのまじめな解説が取材好きなわりにお粗末なのだ。共同通信社出身者の限界なのだろう。これに対し、後藤キャスターと番組改編までの最近まで仕事仲間だった善場貴子キャスターががんばっている「ニュース23」(「筑紫哲也のニュース23」の後継、TBS=SBS)は、第10位。「NEWS ZERO」(日本テレビ)第9位に次ぐ成績。人気の「サンデープロジェクト」(テレビ朝日、田原総一郎)第11位を凌いでいるのだから、立派である。それに比べて後藤キャスターの責任は重大。次回の調査は「ドキュメンタリー番組」というから、楽しみだ。地方にも良いドキュメンタリーがあることを見落として欲しくない。

 視聴率は、視聴者自身が評価者なのに対し、視聴「質」は、視聴者とは別の評価者が弾き出す。したがって、視聴「質」には、評価者「質」が良くないと、視聴「質」の信頼性が低くなるという問題点がある。どう評価者を公正に選ぶか、それが大変に難しい問題だ。2009.05.14

 

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草葉の陰でダーウィンが泣いている 弁護士が「進化論は真っ赤な嘘」

 I.ニュートンと並んで、英国ウエストミンスター大寺院に眠るC.ダーウィンも、きっと、このブログを読んだらさぞかし、泣いていることだろう。東大法学部卒で、特許紛争など国際ビジネスにかかわる国際弁護士、佐々木満男氏がブログ「どんなことにもくよくよするな !」で、なんと、ダーウィンの「進化論は真っ赤な嘘」と書いている。広島での講演記録を再構成したものであるというのだから、冗談半分、面白半分で書いたものではない。このブログはホームページ「CHRISTIAN TODAY」に掲載されている。会社概要によると「超教的キリスト教関連報道メディア会社、クリスティアン トゥデイが運営しており、一般クリスティアン大衆に向けて公正かつ迅速な情報提供を信条」としているらしい。過激な内容は、直接、このブログを読んでもらうとして、ポイントというか、結論を紹介すると、

 「聖書に書かれているように、人間を含めたあらゆる生物や無生物は、それぞれ初めから全知全能の神によりデザインされて創造されたものであることが立証されつつあります。ダーウィンの「進化論」に対して、これを聖書の「創造論」と言います。私はぜひとも、この「創造論」を日本に普及していきたいと思っています」

と、最近、アメリカあたりで盛んに喧伝されている、科学を装い神という言葉を使わない創造論、すなわち、インテリジェント・デザイン=知的設計者=神という新「創造論」=ID論について支持しているのだ。何を主張し、何を支持しようが、それはその人の言論の自由である。自由であるが、東大法学部卒、世事にたけた国際弁護士の言動とは信じがたい論考である。明確な根拠もなく、これほどまでにはっきりと「真っ赤な嘘」と断定するのには大いに違和感がある。ダーウィンも草葉の陰で泣いているだろう。

  私も、いずれの日にか、ダーウィンの進化論は、大幅に修正されて、ダーウインが意図的に無視した生物自身が持つ主体性を重視する

 主体性の進化論

が見直されるであろうとは信じている。以前にもこのブログで書いたが、生物は、ただ、ただ周りの環境に鼻面を引き回されるだけのふがいない存在ではない。つまり、突然変異などというまどろっこしい仕組みで親から子へ、子から孫へと突然変異が遺伝して新しい種が誕生するという悠長な仕組みではなく、生物は主体的に、積極的に環境に働きかけて、自らの意志で、変わるべき時が来たら、これまで蓄積してきた突然変異を総動員して、自分の体を多重フィードバックを通してつくり変え、環境に主体的に、そして迅速に適応していく。ダーウイン流の進化を待っていては、環境への適応が間に合わず、種は進化どころか絶滅してしまう。主体性をもって迅速に環境に適応する結果、種全体が一斉に変わるという今西学説を支持している。ダーウインの進化論が適用できるのは、地球生物進化のごく初期のころに限られるのではないか、とも考えている。

 宗教界では聖書に書かれていることを「信じる者は救われる」。しかし、科学界では常識を「疑う者が救われる」。ニセ科学界では当然だが、「信じる者は救われない」。わざわざこういうもってまわったような言い方をした理由がおわかりだろうか。宗教はときとしてウソをつく。と言って悪ければ、目を曇らせる。2009.05.13

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ネコを飼う理由 佐藤優「裏切りのマナー」

 全国紙の夕刊が面白い、と先日書いたが、5月12日付読売新聞夕刊「裏切りのマナー」も読ませる記事だ。元外務省主任分析官で、現在起訴休職外務事務官の作家(文筆家)、佐藤優(まさる)氏の寄稿だ。なかなか朝刊では読めない。帰りの東海道線車内でゆっくり読んで、いろいろ考えさせられた。タイトルは

 「小菅」512泊、最大の教訓  

となっている。同僚の裏切りにはマナーが存在しないことを、実際に、「皮膚感覚で理解した」ことが最大の教訓だったというのだ。同氏は北方領土支援のための公共事業入札にからんだ偽計業務妨害の疑いなどで起訴され、一審、二審で有罪。現在、上告中。読んで、なぜ佐藤氏が自宅にネコを飼っているのか、がよく分かった。仕事場の同僚に、手のひらを返すように裏切られたときに、どうやって心を癒やすか。ある諜報大国(おそらく旧ソ連)の専門家に佐藤氏が尋ねたところ、その専門家は

 「犬や猫や小鳥などの小動物を飼うことだ。小動物は餌をやり、トイレを掃除する人間との間に構築された信頼関係を決して裏切ることはない」

と答えたのだという。これが佐藤氏が自宅でネコ3匹を飼っている理由なのだろう。

 なお佐藤氏は、起訴後、『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(毎日出版文化賞特別賞)で、「国策捜査」を批判している。

 裏切りにマナーはないとすると、最近著

 『人はなぜ裏切るのか ナポレオン帝国の組織心理学』(朝日新書、藤本ひとみ)

を読んで、側近がなぜナポレオンを裏切ったのかを知り、佐藤氏と比較してみるのも一興か。組織の中で、裏切るほうの心理と、裏切られるほうの心理を知らなければ、佐藤氏の言っていることの真偽、真意はわからない。

   同僚にしろ、英雄にしろ、それまでの信頼関係を崩壊させてまで、なぜ裏切るのか。その裏切りの方法は、内部告発、情報漏えい、サボタージュ、カネで目をくらませる袖の下などさまざまだ。いずれの場合にも、佐藤氏によると、人間ならば、それなりにあっていいはずだが、礼儀作法などというものはない。

 それが、ネコなどにはない「人間らしさ」なのかもしれない。こわい話だ。2009.05.13

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米国の真骨頂  宇宙望遠鏡の20年 

  アメリカという国は、すごいなあ、とあらためて、驚くやら、感心するやらした記事が、5月12日付静岡新聞夕刊に出ている。

 米財政赤字179兆円/予算教書改定 08年度の4倍

 09年度の財政赤字が、これまで最大だった08年度の4倍に膨らむという記事である。それだけなら、オバマ大統領も大変だなあ、というだけの話。その横に、

 米政府、医療費196兆円節減/「国民皆保険」財源に

という記事にも驚いた。というのは、同大統領が、政権の主要課題の一つにしている国民皆保険導入に向けた医療保険改革の一環として、現行保険制度を見直し、今後十年間で支出を抑え、二兆ドル=約196兆円以上の節減につなげて、改革の財源に充てる計画を発表というのだ。いかにもオバマ氏らしい大胆な改革だ。しかし、これも、それたけなら、アメリカも大変だなあ、ということで感心するだけだ。頑張って欲しい、と声援するだけかも知れない。

 すごいのは、それだけの財政赤字をかかえていても、そして、それだけの医療費節減を覚悟しても、なお、同じ夕刊には、この20年間運用してきた

 ハッブル宇宙望遠鏡、再生へ/NASAシャトル打ち上げ

という記事が載っていることだ。これには莫大な費用がかかるのだ。こまかい修理作業では、宇宙飛行士たちが、百個所以上のねじを取り替えて作業するというから、これも将来の宇宙開拓をにらんだ挑戦ではあろう。しかし、緊急時の退避場所がないため、なんと、NASAは救助用のシャトル「エンデバー」を隣の発射台に据え付け、飛行士四人を待機させる異例の措置を取ったというのだ。修理で再生すれば、あと5年間は最先端の技術で宇宙の謎に挑戦できるという。それにしても、細心の準備と、慎重な運用、そして、遠大な将来計画をこの大不況の中にあっても、敢行するアメリカという国の懐の深さには驚くばかりだ。

 しかも、宇宙望遠鏡がこれまでに上げた成果は、私たちの日常生活とはまったく関係のない、言ってみれば「どうでもいい」ことばかりなのだ。一例を挙げると、太陽系が含まれる銀河系(天の川)の中心には、超巨大なブラックホールが存在すること、宇宙の果ての様子(宇宙誕生直後の様子)の撮影に成功したこと、宇宙の年齢を高い精度で確定したことーぐらいなのだ。こんなことは、日本人の大部分、いや、ほとんどの人は「ごくつまらないこと、どうでもいいこと」と考えるに違いない。そんなものに莫大な金を使うくらいなら、福祉に回せ、派遣村の人々の救済に活用しろと言う人もいるだろう。

 アメリカにもそういうことを言う人はいる。しかし、断固、米政府は宇宙開発への挑戦をやめようとはしない。火星に人類を送り込む計画も一部見直しはあるらしいが、挑戦は続けることになっている。こうした挑戦が、軍事技術のなかでも最先端であり、アメリカのパワーの源泉であるにしても、やはり、アメリカ国民の大部分の支持があってこそできることなのだ。ここに、

 アメリカ人には、20世紀を通じて、宇宙開拓者精神という遺伝子、DNAが脈々と受け継がれている

と思わざるを得ない。宇宙望遠鏡の20年は、米国の真骨頂、本領発揮の20年、いや、100年であったと言えよう。2009.05.13

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出会いは偶然の、そのまた偶然 森光子「放浪記」2000回の快挙

 森光子の代表的な当たり芝居『放浪記』がついに、公演数2000回に達成した。しかも、1961年の初舞台(当時森さん41歳)から48年間、半世紀をかけた快挙である。しかも、この日は、89歳の誕生日というから、驚きである。

 寂しいのは、5月10日付朝刊静岡新聞が、写真付きとは言え、第二社会面左下という気づきにくい紙面取りでのベタ記事扱いというのには、あきれた。ひどい。いくら芸能記事だとは言え、女優としてこの放浪記も含めて評価されて文化勲章を四年前に受賞している大女優の快挙にベタ扱いはないだろう。科学ジャーナリストの小生でさえ、この扱いは不当、大不満である。朝日新聞は、三段扱いの囲み記事風でこれも冷遇といえる。

 それではと、5月10日付「日刊スポーツ」を買って開いてみた。なんと、一ページカラー特集「『死ぬものか』で2000回」の大見出し。林尚之さんのスペシャル雑感まで付いている。下欄には、詳しい年表と世相が、森光子さんの若いときの写真やそのときどきの写真をちりばめてのものには、観劇、いや感激した。

 林尚之さんのコラムで知ったが、森さんは、病気と闘う半世紀を過ごしてきたのだ。戦争中の1944年、慰問先の南京で「肺浸潤」、1949年に「肺結核」。その後も、40代半ばで乳がん、肝炎、日焼けが大敵の白斑病。だから、「死ぬものか」でがんばったのだという。

  ただ、忘れてはならないのは、病気と闘っただけでなく、2000回達成のあいさつで、森さんが披露したように

 あいつより うまいはずだが なぜ売れぬ

 という句を胸に辛い下積みの時代を黙々と、歯がみしながら芸に励んで、いつの日か主役の座を掴むぞと戦っていたことだ。この悔しい執念が、主役を演じるようになっても忘れず、おごらずに精進し、2000回につなげたのであろう。2000回はこの悔しい執念がなさしめたものである。

 ただ、この林さんのコラムには書いてないことを一つ、紹介したい。それは、林芙美子の『放浪記』を芝居にした当時の人気劇作家、菊田一夫氏と、遅咲きの森光子がどのようにして出会ったかというエピソードである。森光子があるテレビで語っていることだが、

 偶然の、そのまた偶然

が重なった結果なのである。京都出身の森さんは、戦後、38歳になってもまだ、十年以上も大阪の映画館で、映画と次の映画の始まる合間に行われていた10分程度のコントやショウに出ていた。場つなぎタレントである。そこに何かの用事で訪れた劇作家で、「君の名は」で知られる東宝映画社の重役だった菊田一夫氏が打ち合わせを済ませて出てきた。しかし、呼んだ車に乗ろうとしたが、その車がなぜかまだ到着していなかった。そこで、待ち時間の暇つぶしに映画館の劇場を偶然のぞいた。そのとき、ちょうど幕間で、森さんが、コントかショウをほんのわずかな時間出演していた。それを見た菊田さんは、一目でその才能を見出し、上京を促した。そして、三年後、初の主演舞台『放浪記』に森さんが抜擢されたという。森さん、41歳でついにチャンスをつかんだのである。1000回は1990年だから、もう二十年近い前であり、「日刊スポーツ」によると、「秋には新舞台を予定。来年以降の「放浪記」上演に意欲をみせている」そうだ。

 小生、金沢在住時代に地元のテレビ金沢「じゃんけんぽん」に毎週一回、レギュラーコメンテーターとして出演していた。番組は月曜から金曜日まで週五回。これが1000回目を迎えたときの出番がちょうど小生にあたり、金沢中心街のアトリオで公開生中継したのを記憶している。塚田誉キャスター、人気抜群の平見夕紀キャスターコンビだった。これが2000回を迎えたときも、偶然だが、小生の出演日だった。主役の森光子とは比較にもならないが、それにしても、2000回も番組、芝居を続けると言うのは、本人はもちろん、スタッフの努力なしには、そして執念なしにはできないことだけは確かである。

 これだからスポーツ紙は不滅なのである。全国紙、地方紙だけでは、紙メディアはとっくの昔に消滅していただろう。ありがとう、スポーツ紙。2009.05.10

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厳冬富士山には殺意がある 「風の山」に登る

  土曜日の夜、ゆったりと一人でマンションでワインを飲んでいたら、NHK「ワンダー×ワンダー」という番組をやっていた。

「白い魔境 冬富士」

というタイトルであった。浜松から平日は静岡市内のマスコミ会社に通勤している。五階の職場の窓から、この冬、毎日のようにまじかに頂に雪をかぶった美しい富士山を見ながら仕事をしていたせいか、興味を持って拝見した。ところが、富士山は独立峰なので、冬の富士山は

「風の山」

で、ベテラン登山家でも登頂は大変に難しいらしい。ひょっとするとエベレスト登頂より大変かもしれないと聞いて、びっくりした。氷点下20度、30度にはなり、風が強い。靴のアイゼンが効かない。しかも、さえぎるもののない急な上り坂。風の向きも、地肌にそって一様に吹くのではなく、下から吹き上げる風、下にたたきつけるような風、巻き上げるような風、それらが入り交じり合った風。とてもじゃないが、ベテランでもこうなると下山するしかないという。それでも、富士山が高気圧にすっぽり覆われるような日には、実にウソのような穏やかな表情を見せてくれる。そんな冬の富士山について、ベテラン登山家は

「冬の富士山の風には殺意がある」

と表現していた。その恐怖を味わわされた体験者ならではの実感のこもった表現に感心した。

 金沢で20年暮らして、浜松に移り住んで半年。富士山を見ながら毎日仕事ができる幸せをかみ締めている。そんな気分を吹き飛ばしたワンダーな(驚きの)番組だった。

 美しいものには、ときとして殺意がある。作家の松本清張ではないが、これは人生の箴言にも通じる。2009.05.10

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もう一つの「さくら道」  愛知県新城市中宇利「比丘尼山」

 太平洋と日本海を桜の木で結ぼう、という合言葉で桜の苗木を植え続けた「佐藤ざくら」の話は、このブログでも「さくら道」として以前紹介した。元国鉄バス車掌の物語である。きょう日曜日、NHK名古屋放送局制作の「ことしも会いにきました 9000本の桜 家族の物語」を見た。愛知県新城市中宇利の里山「比丘尼山」に、全国からこの里山に桜の苗木を植えに訪れた家族のさまざまな思いをつづったものである。「びくにやま」と読む。見て、結論を先に言えば、

 もう一つの「さくら道」 岡田ざくら

というものだった。幼少の頃世話になった山だが、荒れ放題の比丘尼山(かつてここに比丘尼城があった)をなんとかよみがえらせたいという思いで、地元の元中学校長、岡田真澄さんが20年前に、たった一人で始めた「さくら山」づくり。それが今では、約9000本、参加家族は約2000家族にまでになったという。

 植えることで、その成長を見守ることで、癒えることのない悲しみを乗り越えたい。植えることで、家族の絆を深めたい。植えることで、生きる勇気を子どもに伝えたい。そんな家族の願いが伝わってきた。荒れ放題の里山は、今、みごとによみがえった。

 こうしたことも、支える人があったればこそ。そんな印象を持った。2009.05.10

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エロ・グロ・ハイセンス落語 快楽亭ブラックの毒演会in浜松

 桂米朝一門の落語を知っているだけでは、落語の奥深さは分からない。立川談志一門の落語を聞いていても、こんな落語があるのか、ということにも気づくまいというような毒演会だった。その立川談志に入門したという快楽亭ブラックの落語(毒演会)が浜松市(クリエート浜松)で開かれるというので、入場料を払って出かけてみた。なにしろ、放送禁止用語を連発する過激な下ネタに根強いファンも多いとパンフレットにあった。「生涯変態」というのが信条らしい。そうかと思うと、2000年には芸術祭優秀賞という立派な賞ももらっているというのだから、面白いに違いない。

 女性客も結構いたが、大熱演の結論を先に言ってしまえば、

 エロ・グロ・ハイセンス落語

ということだろう。感動した。こういう落語を企画して、会場まで貸し、呼び込みに一汗かいていたまじめ一方の「クリエート浜松」の度量の広さにも感心した。何が感心したかと言えば、人間も含めて動物が等しく持っている「ひわいな」本能と、人間だけが持っている想像力を高度に生かした「想像落語」であったからだ。人間国宝、桂米朝にはできない芸術の世界だ。小泉八雲の「耳なし芳一」をもじった「マラなし芳一」など、なかなか聞かせる落語であった。

 おそらくブラック氏がここまで到達するには大変な苦労があったに違いない。何しろ、40年前(1969年)、立川談志一門に入門してから、芸名が

 立川ワシントン、立川リンカーン、立川ルーズベルト、立川ケネディ、立川アデナゥアー、立川マグサイサイ、立川マンデラ、立川汪兆銘、立川ファルーク、立川ナポレオン、立川成吉思汗、立川ターザン、立川チョンボ、立川大旦那、立川マカライボ、立川ジンジロゲ、立川北海道、立川北千住、立川佃煮、立川レントゲンと、わずか三年ぐらいで20回も改名したというから、なかなかの苦労人なのだろう。いや、楽しんでいるだけかもしれない。

 その後、桂三枝門下に移籍。ジョニー三ノ介、桂三ノ介、桂三Q。

 再び、立川談志門下に戻り、立川談トンに改名するが、すぐ立川二つ目にまた改名とめまぐるしい。それから、立川カメレオン、立川丹波守、英国屋志笑、立川レフチェンコ、立川世之介、立川フルハムロード、立川小錦

 とインフルエンザ・ウイルスもびっくりするほどに、改名変異を繰り返す。そして、ようやく

 快楽亭セックス(別名、立川マーガレット)

にたどり着く。その後も、元号が平成に変わって、立川平成に。

 1992年、二代目快楽亭ブラック襲名、真打昇進

とパンフレットにある。今から、17年前のことである。初代が誰であったかは、パンフレットからは分からないが、これもこの人の人生の尋常ならざる一面を示しているのかもしれない。2005年、立川流自主(?)退会し、今日に至るというのだから、相当な人生の荒波をかぶってきたことをうかがい知ることができる。

 「快楽亭ブラックの出直しブログ」によると、なんでも、退会とは言うものの、多額の借金を理由に立川流を除名されたのだとか。その直後に、心筋梗塞と大動脈瘤解離を併発、生死の境をさまよったというから、すごい出直しとなったらしい。今回の毒演会でも、入り口でDVDを販売していたが、

「不敬罪」、「非国民」、「大迷人」

というタイトル。ここからも、今回の毒演会の内容がわかろうというものだ。

 毒演会の最後に自ら、アンコール拍手にこたえてとして、エロ・グロ・ハイセンスな小話三題を披露していた。中学生向き(メス馬カウボーイ)、高校生向き(口移植)、高度な大学生向き(T字貞操帯=ギロチン式)であったが、ブラック氏も大学生向きはなかなかそのオチは分からないかもしれないと、注釈していたが、小生にも分からなかった。150人くらいの会場のなかで、即座に爆笑、理解したのは、半分もいなかったのではないか。その意味でも

 ハイセンスでインテリ向きの落語

だったと信じている。

結論=人間国宝、桂米朝の落語だけでは、落語の奥深さは分からない。2009.0510

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なぜ裁判で医師の無罪が多いか 大学病院のずさんな事故調査

 大きな声では言えないが、「やはりそうか」と腑に落ちる記事が5月8日付静岡新聞朝刊に掲載されている。

 大学医療事故調査委/ずさん報告書作成も/全国医学部長病院長会議の医療事故対策委員会

 という見出しの下に「対策委員会は、医療事故の原因究明のため大学病院が設置した調査委員会がずさんな報告書を作成している例があるとして、会議を構成する全国八十大学の医学部長らに改善するよう勧告したと発表した」。当事者の医師本人に聞き取り調査をしないまま、報告書を作成したケースがあったという。「犯罪となる可能性もある」と指摘している。

 こうした勧告を今この時期に出した背景には、東京女子医大病院での心臓手術中の医療機器事故(2001年)、福島県立大野病院での帝王切開手術の術式をめぐる事故(2004年)などで、業務上過失致死罪の疑いで起訴された医師がいずれも、最近、控訴審などで無罪確定となったことがありそうだ。つまり、捜査の手がかり、決め手とした院内事故調査委員会による医療事故の解明には限界があったというか、報告書がずさんであり、裁判所の検証や専門学会で肝心の院内報告書が否定され、その結果、医師が無罪になったからだ。

 こうしたことから、国は、二年前から第三者機関の医療版事故調査委員会の創設を目指し、モデル事業などを実施している。これに対し、会議は、大学病院の事故調査委員会を専門性と透明性を確保したしっかりしたものにして、第三者機関に代わる機関として活用し、創設委員会の受け皿にしたいという思惑がありそうだ。わかりやすい言葉で言えば、いきなり警察が動き出すのではなく、餅屋は餅屋でまず、医師側がきちんとした公正な調査をし、それに基づいて、警察に医療事故として通知するかどうかを判断し、通知分については司法判断をあおごうというものだ。それには、比較的に人材も施設も整っている大学病院自体が質の高い院内事故調査をする必要がある。ところが、現状は、むしろ事故隠しになりがちな「身内調査」の限界を露呈しており、とても信頼される院内事故調査に基づいた報告書となっていないものが多いということであろう。

 それにつけても、死因解明のため死亡時解剖率が数%という「死因不明社会」という現状はおおいに改善する必要がある。最近では110万人が何らかの原因で死亡しているが、このうち死因特定のための解剖(司法解剖や行政解剖、院内の遺族の承諾に基づく病理解剖)数が3万人にも満たないというのはおどろくべき少なさであり、犯罪を見逃している可能性は大変に高いと言うべきであり、医療事故や医療ミスという病院関連死だけに目を奪われていてはならないことを科学ジャーナリストは社会に警告すべきであろう。これから10年、20年で団塊世代(各年齢250万人、計750万人)の死亡が増えていく「多死社会」を迎えようとしており、死因究明センターの創設も視野に入れるべきではないか。現在、日本には、大学法医学教室での司法解剖、東京都23区にある監察医務院での行政解剖を除けば(大阪府には委託による監察医制度がある)、遺族の承諾を必要としない強制的な死因究明を主たる業務とする施設はない。とりあえずは、死因がはっきりしない場合、医師は「心不全」とごまかさないで、はっきり「死因は不詳」とする良識を持ちたい。あいまいに死因として心不全とすれば、死因が確定したことになり、犯罪に手を貸す可能性すらあることを認識すべきだ。「不詳」とすれば、死因不明であり、死亡時死因検索としてCTを活用した画像を残し、データベース化しておけば、後日、犯罪捜査などに役立てることができるし、医療の向上に寄与する情報を提供することができる。

 ともかく、生前の画像診断図はあるが、死亡時の画像などの情報がほとんどない

というゆがんだ現状は異常である。

 こうしたことをもう少し突っ込んで書けば、タイミングのいい、そして提案のある『ルポ 医療事故』になったはずである。2009.05.08  

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科学コミュニケーションが不安をあおる 耳慣れない用語は使うな

 正確に記述するということは科学ジャーナリズムにとっては、大事なことである。しかし、科学と社会という観点からみて、さらに重要なことは、報道にかかわる記者たるもの、特に科学ジャーナリストたるもの、ことさらに不安を国民に与えるような報道や言い方をしないことである。専門家が使う横文字あるいはカタカナの専門用語をそのまま右から左に巧みにちりばめて、タイトルにする。映画やテレビドラマなら、それも注目度を上げるには効果的であり、許されるだろう。

 だがしかし、現実の世界の新型インフルエンザが世界的な流行の兆しを見せ始めているこの大事な時期に、ことさらに国民に専門用語を乱用するのは、自分を権威付けようという意図がたとえなくても、科学ジャーナリストの風上にも置けない恥じるべき仕業と言うべきであり、自戒すべきである。

 パンデミック、感染爆発、フェーズ5、H1N1型、PCR法、ウイルス変異。

 こうした専門用語が新聞、テレビで飛び交っている。このことが、ウイルスがごく微小で見えないだけに、もともと不安感を与えやすいのに、それを説明する科学コミュニケーションの稚拙さから、国民の冷静な行動を一層妨げている。こうした稚拙さも影響してか、冷静な行動を促そうという意図で厚生労働大臣が真夜中に記者会見するというのも、尋常な行動ではない。ことさらに不安感を煽り、国民にかえって冷静な行動を失わせる逆効果を生じさせた。

 もともとこうした新型インフルエンザの発生はここ数年、専門家から指摘され続けていたことであり、情報の伝え方の稚拙さから必要以上に恐怖心を煽る結果となった。国民の中には、「パンデミック」という耳慣れない言葉を似た語感の「パニック」と取り違え、一層恐怖心をいだくという趣旨の指摘が5月8日付静岡新聞夕刊に掲載されている。分かりやすい言葉に置き換えるべきだと専門家が指摘している。その通りであろう。

 パンデミックは、世界的な流行。感染爆発という誤解を招きやすいオーバーな言葉は使わない。フェーズ5は、世界的な流行の兆しのある第5段階。前後の脈略もなく突然この言葉が登場する現状は改めるべきだ。H1N1型は、ウイルスの型の一つH1N1型と説明を付ける。PCR法については、精度の高い検査法、ウイルス変異はウイルスの変化、あるいは遺伝的な変化など、一般の人が読んで、聞いて理解できる言葉にすべきであろう。2009.05.08

 

 

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浜松の踊り歌「やら舞歌」 小椋佳の現在 

 浜松に移り住んで半年、大型連休中には、浜松まつりを楽しんだ。日本海側の金沢に20年住んでいたが、町衆、とくに若い人たちの熱気に驚いた一週間であった。若者の街、浜松という印象を強く持った。そんな中、シンガーソング・ライターの小椋佳さんがつくった踊り歌「やら舞歌」を拝見した。浜松の挑戦する気風を表現したというだけあって、とても印象に残った。どうやら、小椋さんが、二年間、日本勧業銀行(現・みずほ銀行)浜松支店長時代につくったものらしい。静岡市の市歌、静岡県警の歌もつくったと、財団法人企業経営研究所(三島市)の季刊誌『企業経営』(2009年春号)の対談で語っている。

 50歳を目前にして1993年、銀行を退職して、「二足のわらじ」から本業の銀行員をやめ、それまで日記のつもりで書いていた歌を専業で書き始めたのだという。「二足のわらじ」時代でも、「年間50曲ぐらいつくる」。「出張の移動時間にちょこちょこという感じでつくる。まず、詩をつくります。曲づくりでは楽器は使いません」。「一曲つくるのにだいたい3時間」。「時間的には東京・大阪間の新幹線の中がちょうどいい」。「だいたい名古屋あたりで詩ができて、大阪までに曲ができる」。「音大を出た部下に隣に座ってもらって、音符にしてもらう」。「『夢芝居』などのヒット曲も、新幹線の中でつくった」という。などなど、エピソード満載。

 退職後、東大法学部に再入学、文学部に転部、哲学専攻で2000年に修士号取得。最近では、西洋音楽だけでなく、邦楽の琵琶演奏にも次男とともに取り組み、新しい音楽の可能性を模索しているらしい。現在、65歳。今秋の国民文化祭・しずおか2009の総合プロデューサーをつとめる。

 言葉への深いこだわり、それが人々の心に響く歌を生む

 そんなことを、さりげなく小椋さんは対談で語っていた。私のような団塊の世代の少し上の小椋さんの活躍は、やはりうれしい。2009.05.07

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もう一人の「ホームレス中学生」 家出少年はシュート・ボクサー

 大型連休最後の代替休日の朝、あさひテレビ(朝日放送系)の番組「スーパーモーニング」を見ていたら、「もう一人のホームレス中学生」を特集していた。三人の子どもをかかえた母子家庭が大変で、家と学校を放りだし家出して、半年間、東京・隅田川にかかる橋の下で、大人のホームレスとともに生活したという、現在16歳の高嶋龍弘(たつひろ)君の話。現在は、総合格闘技、シュート・ボクシングに励む少年である。半年間、風呂は公園の水道を利用していた。

 結論を先に言えば、放送では触れられていなかったが、半年間、母親は何をしていたのか、中学校の先生方はどう対応していたのか、あきれたり、驚くことばかりだ。放映されなかった部分をいろいろ想像すると、これは深刻な問題であることに気付いた。半年後、同居した大人のホームレスのおじさんが、

 「もうお金が少なくなってきたから、少しずつ家に帰ることを考えてくれないか」

と言われたことで、高嶋君は家に戻ることにしたという。

 ホームレス中学生については、人気お笑いコンビの一人、田村裕氏のベストセラー『ホームレス中学生』(ワニブックス)があり、昨年、東宝で映画化された。

 「解散!」。そう言って父は蒸発。こどもたち3人のホームレス生活が始まった。

というものだ。

 こうした中学生ホームレスを考えると、現代において、

 幸せって何?

ということを本当に身近に、しかも具体的に考えさせてくれる。

 こうしたホームレス中学生は、まだまだ日本にはたくさんいて、私たちが気付いているのは、ほんの氷山の一角だろう。そんな印象を強く持った。2009.05.07

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異議申し立てる『悪党の金言』  一匹狼たちの孤独な戦い

 ジャーナリストたるもの、世の正統派に異議を申し立てる「悪党」の言い分にも、耳を傾ける度量がほしい。常道でもあるが、これがなかなかできない。反権力とまでは言わない。せめて、わけがあって孤独なる一匹狼、アウトローすれすれの道を歩んでいる人間にも、風化させてはならない「知られざる真実」を語らせてみる器量があっていい。そんな近著に出合った。ノンフィクション作家、足立倫行氏の

 『悪党の金言』(集英社新書)

である。登場人物は

自費で発行する雑誌「昭和史講座」で菊池寛賞を受けた保阪正康/フランス現代思想が専門の 内田樹/ 起訴休職外務事務官の佐藤優/ オウム真理教を内側から映画化したドキュメンタリー作家の森達也/ オウム真理教の擁護派と誤解されて日本女子大教授職を追われた宗教学者の島田裕巳/ 元東京地検特捜部検事で石橋産業事件をめぐる詐欺容疑で逮捕された田中森一/ 暴力団社会にメスを入れ続けたノンフィクション作家の溝口敦/ 直木賞作家で官能小説に挑む重松清

の八人が、インタビュアーの足立氏の質問に答える。多くが離婚経験があるか、離婚の危機があった。民事訴訟もしくは刑事訴訟にかかわっているか、かかわった。たいていは孤独と戦っている一匹狼であるなどの共通点がある。しかし、保阪氏や溝口氏は、どう考えても、悪党派ではなく、正統派とは言わないまでも、正義派のように感じた。

 とりわけ、溝口敦氏は、小生が二十数年前の夕刊紙記者時代に取材のお手伝いをし、山口組対一和会の抗争の中、竹中正久山口組組長暗殺事件が発生した折、司法解剖が行われた大阪医科大学法医学教室の松本秀雄教授を紹介した経験から言うと、物静かで正義心の強い紳士という印象が強い。どこから見ても、悪党とは思えない。むしろ悪党に狙われるタイプであるように思った。インタビューでも、そんな印象である。露悪的あるいは灰汁(あく)が強いという意味の悪党でもない。口数の少ない静かなる「恥かしがりや」のインテリと言っていい人物だ。

  事実、このインタビューでも、現在の暴力団対策法では暴力団追放、撲滅は無理で、「日本も、諸外国並みに暴力団禁止法をもつべきだ」と主張している。長年暴力団の実態を取材してきたルポライターらしい正統派の主張である。暴力団の組員になること自体が犯罪であるという取り締まりが必要だというのだ。対策法ができても、一向に暴力団構成員数はほとんど減ってはいないことを考えると、そのとおりだろう。正義派を標榜する新聞社の論説委員でも、なかなかここまでの卓見は持ち合わせていないのではないか。

 このほか、本書には、民主党代表の小沢一郎氏の公設秘書逮捕事件で最近話題になっている「国策捜査」の真実などが生々しく語られている。森達也氏は、北朝鮮拉致問題に対する家族会の対応に不審や、疑問を呈する。悪い北に制裁を加えるのが善という「単純な善悪二元論が日本の社会のあちこちに弊害をもたらしている」としている。森氏は白黒二元論の弊害として、議論が膠着し身動きができなくなることを挙げる。だから、

 「ドキュメンタリーやノンフィクションの役割は、黒白の間の狭くなったグレーゾーンの本来の幅を取り戻すこと」(一部要約)だと思うと語っている。善からだけものを見るのではなく、悪と見なしがちなほうからも善を見つめ直してみると、交渉が膠着して身動きできなくなっていると思っていた事態を動かすことができる選択肢が見えてくるといいたいのだろう。

 最後に、「悪党」として、登場してもらいたい人物をもう少し挙げるとしたら、男性では痴漢冤罪を叫ぶエコノミスト、植草一秀元教授、新党大地代表で国策捜査を批判し、「やまりん」事件で上告中の鈴木宗男衆議院議員、裁判中で最近著『徹底抗戦』(集英社)を出したライブドアの堀江貴文元社長、政府見解と異なる歴史認識の論文を発表し更迭された田母神俊雄前航空幕僚長、女性なら、さしずめ、占い師の細木数子氏など。人生を豊かにする意外な言葉が聞けるだろう。

 田母神氏は、先日の日本青年会議所主催の「憲法タウンミーティング」(大分市)で、「今の憲法は自分で自分の国を守れない『永久子ども憲法』だ」と指摘した。その上で憲法九条第二項に関し、「陸海空軍その他の戦力はこれを保持すると変えればいい」と主張している(5月3日付静岡新聞=ベタ扱い)。ちなみに、この日の静岡新聞社説は、憲法記念日を取り上げ、「もっと使い込む努力を」と主張している。田母神氏の改憲主張はまさに、正統派に異義を申し立てる面目躍如たる「悪党」にふさわしい。

 ただ、残念なのは、このインタビューが連載された『PLAYBOY日本版』は2009年1月号で休刊になったことである。2009.05.06

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暴走するネット医師の本音 会員制医療サイト「m3.com」

 科学ジャーナリストに限らないが、ジャーナリストたるもの一面的な見方を提示するだけでは、真相にせまることは難しい。多面的な見方を提示できなければならない。この欄で、以前、『ルポ 医療事故』(朝日新書)を紹介した。これは、被害者側からみた医療事故の報告である。もちろん、この中にも、医療側の報告もあることはあるが、そこからは、医師個人の本音、心の奥底はうかがいにくい。本音はどうなのか、それが分からない。隔靴掻痒の感がまぬがれない。

 ところが、医師が本音をあからさまにぶちまけている日本最大規模のサイトがある。医療従事者専用の会員制専門サイト「m3.com」(http://m3.com)である。ソニーグループの医療専門サイトで、約17万人の医療関係者が会員である。医師、看護師、薬剤師、医学生が対象である。その中に、医師に限定した

「Doctors Community」

という掲示板がある。国内最大規模の医師限定の掲示板だという。治療法、時事情報などの意見交換が行われているようだ。それはそれで、日本の医療界が医療の質向上に向けて共通の認識、あるいは意見の違いを明確にする場として大いに活用してもらいたいサイトである。

 ところが、一般には秘密のこのサイトには、医師たちの医療事故に対する公式発言とは別に、患者に対する激しい怒りなどを遠慮会釈なしに書き込まれていることを

近著 『ネットで暴走する医師たち』(鳥集徹(とりだまり・とおる)、WAVE出版)

で紹介というか、暴露している。医療事故の患者を、苦情を言い募る「クレーマー患者」と罵倒したり、無理難題をしつこくぶつけてくる「モンスター患者」と呼んで、激しく避難しているのだ。もちろん、ごく一部の医師であろうが、そして、連日のハードな仕事に対するストレス解消という面もあろうから、そのまま本音ばかりとは言い切れない。しかし、この本を読むと、医師も普通の人間であり、弱い立場の患者と知りつつも、公ではない場で、しかも、医師仲間しか見ない安心できる場で、罵倒したくなる気持ちはある程度理解できる。しかし、その言い方の激しさには、たじろがざるを得ない。マスコミは「マスゴミ」とさげすむ医師も少なくないという。とてもここでは紹介できないひどい言葉が多数、患者や家族・遺族に投げつけられている。

 この本のサブタイトルは、医療崩壊の深部で何が起きているか、となっているが、

 端的に言えば、深部で起きているのは医師モラルの崩壊

であろう。『ルポ 医療事故』に日本科学技術ジャーナリスト会議は、第四回の科学ジャーナリスト賞を決めた。むしろこの『ネットで暴走する医師たち』にすべきではなかったか。同会議の一会員として、おおいに反省した次第である。2009.05.05

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青年よ、深き志をいだけ 伊藤和也が渇いた大地にまいた種

 昨年8月、アフガニスタンで武装グループに拉致、殺害された元NGOペシャワール会会員、伊藤和也さん(静岡県掛川市出身、農業担当)をしのぶ番組「渇いた大地にまいた種-アフガニスタンから届いた命の写真」(SBS(静岡放送)制作)を見た。

  番組で一番印象に残ったのは、指導してやるという考え方から、現地に学ぶ姿勢に和也さんの姿勢が変わったことだ。サツマイモづくりの失敗から思い知らされたからだろう。それには、現地の人々、国の将来を担うこどもたちとの交流が大事であることに気づき、積極的に現地語も学び、交流を始めていったそうだ(京都市在住のペシャワール会農業担当ベテラン会員、高橋修さんの証言。伊藤さんの現地上司)。

 磐田農高から農業短大、そして、米国でホームステイしながらの農業体験のある伊藤さんが私たちに残した遺言とは、結論を先に言ってしまえば

 「日本の青年よ、深い志をいだこう。自分のことだけでなく、世界のことも少しは考えよう。そして、行動しよう」

 ということだと思う。「少年よ、大志をいだけ」という言い方があるが、大志でなくてもよい。行き先だって何もアフガニスタンに限る必要はない。よく考え抜いて自分にできる深い志を持とうということである。たとえ、志が悲劇的な結末に終わったとしても。というところが、少し番組を見ていて、つらいところだった。深い志と行動力をもっていても、それがすぐに花開くとは限らない。それを引き継ぐ志ある「次の人」がいなければ、深い志も道半ばで終わってしまう。番組は、掛川市役所や浜松市西区のイオンモール浜松志都呂店での「しのぶ写真展」(2008年12月)を紹介していた。しのぶだけでなく、和也さんの後を受け継ぐ若い「次の人」がこの「しのぶ写真展」を継続することで、出てきてほしいと感じた。現在、アフガニスタンは、和也さんが活躍していたときよりも治安が悪くなっているけれども、いつの日にか、アフガニスタンの復興支援に立ち向かう「次の人」が出てきてほしいというのが、父、伊藤正之(まさゆき)さんの願いでもあろう。

 アフガニスタン滞在、わずか五年足らずのうちに、大地を緑にする活動を現地の人や仲間と共に成功させつつあった伊藤和也さんの死は、残された約2000枚の写真とともに、永く記憶されるであろうし、記憶しなければならない。

 以上が番組を見た直後の感想だが、伊藤和也さんが、なぜアフガニスタンに行こうとしたのか、ということから、思いめぐらすと、論説委員としての意見は次の通り。

 きっかけは、米国でのあの9.11事件であろう。あの荒れ果てた大地を力で立て直すのではなく、もっと平和的な手段で立て直したい、何とかしたいという思いからアフガニスタンを目指したという想像は容易にできる。つまり、

 自分の身につけた農業技術を本当に必要としている国、それがアフガニスタンであったのだ。そこで自分の農業技術を試してみたい、そして、そこで一生を終えたいと強く思ったのかも知れない。和也さんは「アフガニスタンに行ってくる」ではなく、「アフガニスタンに帰る」と言って日本を離れているのだ。このことは、裏を返せば、急速に増えつつある放棄農地問題など日本は本当に農業を必要としているのか、もはや必要としていないのではないかという基本的な疑問が伊藤さんにはあったに違いない。和也さんの行動と悲劇的な死は、日本の農業の現状や将来に対して痛烈に批判しているととらえたい。2009.05.05

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2000万年前の植物庭園 浜名湖フラワー&ガーデンフェア

 五月晴れの陽気に誘われて、浜松市西区の浜名湖湖畔近くの静岡県営都市公園で開催されている園芸博覧会に出かけてみた。かつて、浜名湖花博(2004年)が開かれた場所である。さまざまなコンテストやコンペティション(競技会)が開かれており、家族連れでにぎわっていた。今秋の浜松モザイカルチャー世界博2009(浜名湖立体花博)のプレイベントも兼ねているらしい。花博のときに昇って、浜名湖を一望に眺めることのできる展望塔も残っていて、順番待ちで営業していた。

 小生、花に詳しくはないが、京都や金沢での在住経験から、華道というものとはほど遠い花の楽しみ方があることをまじかに知って、楽しかったり、びっくりしたりの半日であった。そんな中でも、木の化石、つまり珪化木で庭園にしたてた作品が、展示されていた。造園社の説明によると、今から2000万年前のインドネシアで、樹齢300年の木が命尽きて倒木。それが2000万年の時をへて珪化木として、中身の細胞がすべて、形はそのままに珪素に入れ替わった木の石、というか、石の木というべきか、それらを組み合わせて庭園に仕立て上げていた。木の化石を収集、造園したのは、うれしいことに、地元の静岡県焼津市の小さな造園業者(アースグリーン)であった。

 そのあと、少し休みたいと、広々とした原っぱにぽつんと能舞台のような木造あずまやの板敷きの上に仰向けに寝っころばって、耳を澄ました。微風がほほをなでていくのが心地よい。すると、鳥や虫の小さい鳴き声が聞こえてきた。

 遠くからチュンチュンチチ、 ホーホケキョ、ケキョケキョ  チチチチー、 ホッホッホッホッ、  キキキ、 ギーギー、 ビィービィー

 などである。これだけでは、鳥の名前はなかなか分からないが、ヒバリか、ウグイスぐらはなんとか分かった。

 ともかく、都市公園もこれだけ広いと気持ちがいい、なにもない都市公園があったらもっと楽しかったかもしれない。かつての花博の喧騒を忘れさせてくれるような都市公園として市民にこれからも開放してほしい。それには、1000人以上が登録しているというボランティアの活動にも感謝すべきであろう。

 注文を一つ、とにかく、車の乗らない住民には交通アクセスが不便。無料シャトルは結構だが、使い勝手がとても悪い。改善してほしい。2009.05.04 

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「衆議院帝國憲法改正案委員小委員会速記録」 問われ出した第25条生存権

 憲法記念日(1947年5月3日施行)ということで、NHKが朝の憲法記念日の特集番組で、「今問われ出した25条」として、現行憲法が

 「(第一項) すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。(第二項) 国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上に及び増進に努めなければならない」

と定めた第二十五条について、作家の五木寛之氏(76歳)、ノンフィクション作家の吉岡忍氏(60歳)、反貧困ネットワーク副代表の雨宮処凛(あめみや・かりん)氏(34歳)が鼎談していた。こうしたことが憲法問題で取り上げられたのは、もちろん、最近の派遣切り、即ホームレス化という社会問題やそれに伴う年越し派遣村の衝撃など一連の動きを受けたものである。

 結論から先に言うと、鼎談者の世代間ギャップがあって議論がかみ合っていない、しかも、それぞれが体験談を語るだけで話が陳腐というものであった。進行役の吉岡氏の問題の運び方が、問題が絞れていないせいか、起承転結とまではいかなくても、少しも話が前に進まず、その場かぎりのはちゃめちゃな進行になってしまった。これでは五木、雨宮氏もどこに連れて行かれるのか不安で、戸惑ったことだろう。出演者も問題意識があるのかないのか、あってもあいまいで、番組構成上も出演者選定においても、失敗の番組であったと感じた。言うべきものを持たずに、会場にとにかく集まったという印象しかなかった。関連映像がやや評価に値する程度である。

 そこで少し、生存権というものがどういう経緯で、最終的に上記のような形で現在の憲法に盛り込まれたのか、厳格に調べてみた。そもそも、現行憲法は、帝國憲法改正案(政府提出)として、第90回帝國議会衆議院に提出されたことから始まる。帝國憲法改正案委員小委員会速記録によると、当初提出された政府案には、上記の第一項はなかった。第二項のみである。それも「国民はすべての生活面について、社会福祉、-」ではなく、「法律は、すべての生活部面について、社会の福祉、-」となっていた。

 それでは、第一項は、どうして入ったのか、1946年7月29日付「速記録」によると、こんなやり取りが、芦田均小委員長(後の首相)と森戸辰男委員(広島県出身、日本社会党)の間で行われている。大事な部分であるので、そのまま引用する。

 ○芦田委員長 私があなたの方の提案を見ての印象は、第一項に入れようと言う文字ですね、生活を営む権利を有するまでの二行の文句は、或る意味において社会保障と言うことの説明なのですね、「ソーシャル・セキューリティ・アクト」と言うものが「アメリカ」にあって、養老保険から疾病、失業の手当全部をやっている、それの説明に当たるように私は思うのです、それならば特に一項を入れなくても、この社会保障制度を法律は立案しなければならぬと書いてあるのです、もっと私は強いと思うのです。

 ○森戸委員 いやこれはそうでなく、法律を作る場合にはこうしなければならぬので、特にこの目的のためにすぐ作るとか言うようなことはこれに現れていない。

 ○芦田委員長 それと同じように、あなたの方でも営む権利を有すると言うこと、そのことが既に国家の義務としてやらなければならないと言うのではない、そうしておいて、政策としてやらせよう、そう言う含みを持っているのでしょう、だからその程度は同じじゃないですか。

 ○森戸委員 そういう前提の下に社会保障の制度と言うものは、出来ればこれを実現さしたいと私共は思っている、それを実現させるには、大体原理として是がなくちゃいかぬ、これを国民が持っていると言うことが、総てのそういう政策が出来る本にならなければならぬと思うのです、国家が慈恵的にこれをやると言うのではなくて、国民がそういう生存に対する権利を持っている、それで民主主義的の国家はその目的のためにそういう施設をやらなければならぬと言う風に考えているわけです、そういう意味でこれ(第一項)は非常に必要なるものである、この後の(第二項)たけでは、そういう観念は-今のご説明を聞けば成程含まれているかと言うように私は感ずるし、一般の人も感ずるが、国民がはっきりとそういう生活権と言うか、生存権と言うか、そういうものを持っているのだと言う印象は得ずに、慈恵的なそういう施設が与えられている、そういうような感じがあるのじゃないか、それは民主的な国家の社会的の施設においては、そういうことよりはもっと進まなければならぬ、それにはそういう観念から出ると言うことがいいと思う

当時の熱のこもった生活圏、生存権についての議論が伝わってくる記録である。そして、提出した政府案が次のように修正された。

 政府案の第一項に

 「すべて国民は健康にして最小限度の文化的水準の生活を営む権利を有する」を挿入。草案第二十三条(現二十五条)を全第二項とする。これがさらに、微調整されて、新たに加えられた第一項は、小委員会の速記録段階では

 「すべて国民は健康にして文化的水準に適する最小限度の生活を営む権利を有する」と再修正された。

 そして、帝國憲法改正委員会において可決された共同修正案では、第二十五条として

 「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」

として、現行憲法にたどり着いたのである。つまり、衆議院本会議はこの共同修正案どおり可決し、参議院の議決を経て、現憲法が成立、確定したのである。当時、衆院議員になったばかりの森戸辰男氏(日本社会党)の粘り勝ちであった。

 それでは、森戸辰男はどこから、第一項を持ってきたのであろうか。それは、終戦の年の12月に結成された民間の憲法研究会の成果を持って国会に衆議院として乗り込んだのである。1945年12月26日に、政府案とは別に、憲法研究会は民間の立場から全58条の憲法草案要綱を全国に先駆けて発表し、大きな話題になった。その中に、

 「国民は健康にして文化的水準の生活を営む権利を有す」

として、生存権を盛り込んでいた。研究会のメンバーに森戸辰男のほか、憲法学者の鈴木安蔵(後の静岡大文理学部長)、今中次麻などが参加した。会員のいくつかの私案をまとめ、草案要綱を起草したのは、憲法学者の鈴木安蔵氏だと言われている。実は、この草案要綱が、GHQ草案(英文)の元となったものであり、生存権などの削除など一部修正された。その後、和訳、一部修正されて、上記の政府提出の帝國憲法改正案として帝國議会に諮られたのである。

 さらに、突き詰めると、民間の憲法研究会は、どこから「生存権の思想」を持ってきたのであろうか。上記のNHK番組解説映像によると、森戸辰夫氏の『思想の遍歴』を引き合いに出し、

 生存権の思想は、ドイツのワイマール憲法(1919年)にさかのぼり、その第151条には、すべての人に人たるに値する生存を保障なければならないという趣旨が盛り込まれているところから来ている

 と解説していた。

 以上、憲法記念日ということで、堅い話ではあるが、身近な問題について掘り下げてみた。

 今の社民党(かつての社会党)は、ダメ社会党だが、戦後の日本社会党は、今にして思えば、燃えるような使命感を持っていたことを忘れてはなるまい。

 それには、憲法をお飾り、私たちの生活とは無縁なものとは考えないで、掘り下げて考え、行動していくことが大事ではないか、大いに反省させられた一日であった。

 反省だけなら、サルでもできる。見渡す限りの廃墟の中でなされた、かつての熱い議論をもう一度思い返す必要がある。

 憲法を薄っぺらなものにしてはならない。2009.05.03 

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映画「レッドクリフ」 赤壁の二つの誤解 

 浜松らしい、そして、大型連休前の春らしい陽気に誘われて、浜松城の南にあった小高い「出丸」跡地に立てられた浜松市立中央図書館に散歩に出かけた。目立たない建物だが、裏入り口脇には「浜松城出丸跡」の石碑がひっそりと建っていた。

 開架閲覧雑誌の中に、これまでほとんどみない雑誌「歴史街道 5月号」が特集「赤壁の真実」を特集していたので、最近、映画『レッドクリフ」を見たばかりだったこともあり、手にとって読んでみた。巻頭のグラビア「この人に会いたい」は、

 この映画の主役の一人、小喬(しょうきょう)役、リン・チーリン

のカラーである。女優・モデルとなっていたが、美貌と知性、それに若さの三つを兼ね備えた華のある女性であった。台湾出身で35歳、カナダ・トロント大で西洋美術史と経済学を学んだという。ピンクの優雅なドレスを身にまとったすらりとしたこの女性が、映画では意図的にかどうかは別にして(歴史的にはもちろん、ウソ)あのレッドクリフの決戦の勝敗を決定的にした曹操との「飲茶の時間」を設定したことにあったことを思い出した。その時間は三十分もなかったのではないか。この間に、風向きが逆になり、曹操軍敗北の原因となったというのが映画の設定。彼女自身、この特集のインタビューで、単身、曹操軍に乗り込んでいったシーンが気に入っているらしい話し振りであった。武力ではなく、中国の伝統文化で渡り合おうとしたと語っている。

 さて、その赤壁の戦いには二つの誤解がある。そう語るのは、この映画の監修を努めた渡邊義浩・大東文化大教授(三国志学会事務局長)。いずれも、後世に広く読まれた小説「三国志演義」に描かれたイメージによるものであると説く。

 第一の誤解は、人物像の誤解である。魏の曹操は、演義が言うような、漢大帝から皇位簒奪をひそかにもくろんだ悪玉などではなく、天命とは程遠い政治の私物化など腐りきった漢とは別の強力な中央集権国家建設を目指した真の改革者であり、英雄。蜀の劉備は、漢大帝の命を忠実に実行しようとした漢復興の「義の人」などではなく、実際は信用のできない梟雄(きょうゆう)。漁夫の利を狙って漢帝国を簒奪を狙っていた。名族生まれではない劉備としては、こうするほかに天下取りに参加することはできなかったのだろう。呉の孫権は、蜀との連合は、魯粛の秘計「天下三分の計」による呉の独立を画策するための方便であり、連合が勝った後には、いずれ蜀を滅ぼす参段をしていたであろう。

  結局、「ポスト漢」の国家構想の違いが、赤壁で激突したというのが歴史の真実

ということになる。

 映画では、こうしたこともあり、曹操を決して悪玉としては描いていない。数十万の兵士とともに、新しい国家建設に燃え、生きて故郷に帰ろうとの誓いを述べている。

 二つ目の誤解は、漢帝国衰退後の世の中を動かしたのは、当時の曹操、孫権、劉備のような群雄割拠の君主だけがすべてであったかのような歴史認識である。そうではなく、それに知恵を授ける、指南する「名士」たちこそが実質的に国の将来を決定していたという事実を見落としてはならないということだ。英雄でも、大衆でもない、名士、軍師の存在である。華々しい豪傑とは別の、時代の趨勢を冷静に見極めることのできる知識人がその名声をもって地域の君主に影響力を及ぼした人々である。古くは孔子などもそうであったろうが、当時では諸葛孔明、周愉(しゅうゆ)などが名士に入る。

 『筒井版 悪魔の辞典 アンブローズ・ビアズ著』(筒井康隆訳、講談社)によると、

 歴史とは、だいたいにおいて悪漢である支配者と、だいたいにおいて阿呆である兵士が惹き起こした、だいたいにおいてつまらぬ出来事についての、だいたいにおいて間違った記述

と書かれている。表層だけみれば、だいたいにおいてあたっている。深層に迫ってよく考えると、この指摘はたいたいにおいて間違っていることを知った。2009.05.01

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