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ろくでなし 映画「60歳のラブレター」の爽快さ

 団塊世代の老科学ジャーナリストではあっても、やはりラブレターと聞くと胸がときめく。相対論のあのA.アインシュタイン博士だって、二十代後半には、最初の妻へのラブレターを50通以上も書いており、著作集などで公表されてもいる。さすがに天才物理学者がやがて妻となる女性物理学者への恋文である。この分析から、相対論という二十世紀の大理論の発見は、夫婦の共同作業から発見されたのではないか、という高名な科学史家の結論がある。「消された女性科学者」の一人というわけだ。さらに加えれば、そんなアインシュタインだって、ごく普通に不倫だってしているのだ。

 そんなわけで、最近公開された映画「60歳のラブレター」を見た。正直に言えば、男性として大いに反省させられた。三十年専業主婦としてがまんにがまんを重ね連れ添った妻(原田美枝子)から、離婚後、

 「ろくでなし」

と、家庭をかえりみない仕事人間の元夫(中村雅俊)を大声で罵倒するシーンは、女はもちろんであろうが、男の私も胸がスッとするくらいの圧巻であった。夫の定年退職と同時に離婚するという設定である。ろくでなしというのは、何の役にも立たないという意味だから、ちとひどいではないか、とも思ったが、男の私でも、このせりふにとても爽快な気分になった。女なら、余計そう感じただろう。ともかく、このシーンがなければ、たとえ、大物俳優、イッセイ尾形、井上順が出演していたとしても、この映画は駄作中の駄作で終わったであろう。森山良子が歌う主題歌も、団塊世代にとっては懐かしい。

 こんな映画に原作があるというので早速買ってみた。『60歳のラブレター セレクション』(NHK出版)であるが、とある大手信託銀行が2000年から夫婦間のラブレターをはがき一枚につづってもらう企画から生まれたもので、これまでに8冊目が出ているという。上記セレクションは、「珠玉の」選り抜きで、ここから「想を得た」として映画がつくられたという。

 しかし、びっくりしたのは、珠玉の「原作」のほとんどは、ばかばかしいほどの内容であり、どれもこれもステレオタイプ、つまり、読まなくても内容が分かるものばかり。しかも、どれもこれもワンパターンの決まり文句の羅列。同工異曲とはこのことだ。これには参った。いくら素人の文章とは言え、真実ならば、文章はへたくそでも、そこには何がしかの細部に感動があるはずなのに、何もない。心を打つものが何もないお定まりの文章なのだ。男も女も。この夫婦だからこそ、こういう言葉が出てきたのだなあ、という感動がない。「ろくでなし」とまでは言わないものの、そこに何がしかの真実があっていいのに、何もない。これでは「想を得た」シナリオを書かざるを得ない。脚本を担当した古沢良太、監督の深川栄洋両氏も苦労しただろう。

 映画はすばらしい。ラストシーン2分をカットすればもっと人生を考えさせる深みのある仕上がりになっただろう。ちひろを乗せた車が走り去ったところで「完」とすれば、離婚しているかどうかにかかわらず、観客にさまざまな思いを心に刻みつけただろう。このあたりが「ふれあい」好きの中村雅俊の俳優としての限界だと感じた。

 それはともかく、原作といえるかどうか、ともかく原作なるものはひどい。大衆とは欺瞞の塊であるということが、悲しいくらいに、よく分かった。なぜそうなのか。よくよく考えてようやく気づいた。小生もその一人かもしれないが、自分をあざむく欺瞞でも書かなければ、あまりに自分の人生が哀れなのだ。それを覆い隠したいがために、ほとんどのラブレターは自分をだまして書き飾って、無理やり自分を納得させているのだ。ステレオタイプの文章でだ。そんな「原作」ではあっても、そこから「想を得た」映画が誕生したことは、せめてもの救いである。その意味では立派に「原作」の役割を果たしたとは言えるだろう。

 心の奥底にしみいる本当のラブレターは、実は公開されないし、できない。恋文とは、そんなひそやかなものなのである。公開された恋文はラブレターとは言わない。2009.05.17 

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