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「衆議院帝國憲法改正案委員小委員会速記録」 問われ出した第25条生存権

 憲法記念日(1947年5月3日施行)ということで、NHKが朝の憲法記念日の特集番組で、「今問われ出した25条」として、現行憲法が

 「(第一項) すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。(第二項) 国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上に及び増進に努めなければならない」

と定めた第二十五条について、作家の五木寛之氏(76歳)、ノンフィクション作家の吉岡忍氏(60歳)、反貧困ネットワーク副代表の雨宮処凛(あめみや・かりん)氏(34歳)が鼎談していた。こうしたことが憲法問題で取り上げられたのは、もちろん、最近の派遣切り、即ホームレス化という社会問題やそれに伴う年越し派遣村の衝撃など一連の動きを受けたものである。

 結論から先に言うと、鼎談者の世代間ギャップがあって議論がかみ合っていない、しかも、それぞれが体験談を語るだけで話が陳腐というものであった。進行役の吉岡氏の問題の運び方が、問題が絞れていないせいか、起承転結とまではいかなくても、少しも話が前に進まず、その場かぎりのはちゃめちゃな進行になってしまった。これでは五木、雨宮氏もどこに連れて行かれるのか不安で、戸惑ったことだろう。出演者も問題意識があるのかないのか、あってもあいまいで、番組構成上も出演者選定においても、失敗の番組であったと感じた。言うべきものを持たずに、会場にとにかく集まったという印象しかなかった。関連映像がやや評価に値する程度である。

 そこで少し、生存権というものがどういう経緯で、最終的に上記のような形で現在の憲法に盛り込まれたのか、厳格に調べてみた。そもそも、現行憲法は、帝國憲法改正案(政府提出)として、第90回帝國議会衆議院に提出されたことから始まる。帝國憲法改正案委員小委員会速記録によると、当初提出された政府案には、上記の第一項はなかった。第二項のみである。それも「国民はすべての生活面について、社会福祉、-」ではなく、「法律は、すべての生活部面について、社会の福祉、-」となっていた。

 それでは、第一項は、どうして入ったのか、1946年7月29日付「速記録」によると、こんなやり取りが、芦田均小委員長(後の首相)と森戸辰男委員(広島県出身、日本社会党)の間で行われている。大事な部分であるので、そのまま引用する。

 ○芦田委員長 私があなたの方の提案を見ての印象は、第一項に入れようと言う文字ですね、生活を営む権利を有するまでの二行の文句は、或る意味において社会保障と言うことの説明なのですね、「ソーシャル・セキューリティ・アクト」と言うものが「アメリカ」にあって、養老保険から疾病、失業の手当全部をやっている、それの説明に当たるように私は思うのです、それならば特に一項を入れなくても、この社会保障制度を法律は立案しなければならぬと書いてあるのです、もっと私は強いと思うのです。

 ○森戸委員 いやこれはそうでなく、法律を作る場合にはこうしなければならぬので、特にこの目的のためにすぐ作るとか言うようなことはこれに現れていない。

 ○芦田委員長 それと同じように、あなたの方でも営む権利を有すると言うこと、そのことが既に国家の義務としてやらなければならないと言うのではない、そうしておいて、政策としてやらせよう、そう言う含みを持っているのでしょう、だからその程度は同じじゃないですか。

 ○森戸委員 そういう前提の下に社会保障の制度と言うものは、出来ればこれを実現さしたいと私共は思っている、それを実現させるには、大体原理として是がなくちゃいかぬ、これを国民が持っていると言うことが、総てのそういう政策が出来る本にならなければならぬと思うのです、国家が慈恵的にこれをやると言うのではなくて、国民がそういう生存に対する権利を持っている、それで民主主義的の国家はその目的のためにそういう施設をやらなければならぬと言う風に考えているわけです、そういう意味でこれ(第一項)は非常に必要なるものである、この後の(第二項)たけでは、そういう観念は-今のご説明を聞けば成程含まれているかと言うように私は感ずるし、一般の人も感ずるが、国民がはっきりとそういう生活権と言うか、生存権と言うか、そういうものを持っているのだと言う印象は得ずに、慈恵的なそういう施設が与えられている、そういうような感じがあるのじゃないか、それは民主的な国家の社会的の施設においては、そういうことよりはもっと進まなければならぬ、それにはそういう観念から出ると言うことがいいと思う

当時の熱のこもった生活圏、生存権についての議論が伝わってくる記録である。そして、提出した政府案が次のように修正された。

 政府案の第一項に

 「すべて国民は健康にして最小限度の文化的水準の生活を営む権利を有する」を挿入。草案第二十三条(現二十五条)を全第二項とする。これがさらに、微調整されて、新たに加えられた第一項は、小委員会の速記録段階では

 「すべて国民は健康にして文化的水準に適する最小限度の生活を営む権利を有する」と再修正された。

 そして、帝國憲法改正委員会において可決された共同修正案では、第二十五条として

 「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」

として、現行憲法にたどり着いたのである。つまり、衆議院本会議はこの共同修正案どおり可決し、参議院の議決を経て、現憲法が成立、確定したのである。当時、衆院議員になったばかりの森戸辰男氏(日本社会党)の粘り勝ちであった。

 それでは、森戸辰男はどこから、第一項を持ってきたのであろうか。それは、終戦の年の12月に結成された民間の憲法研究会の成果を持って国会に衆議院として乗り込んだのである。1945年12月26日に、政府案とは別に、憲法研究会は民間の立場から全58条の憲法草案要綱を全国に先駆けて発表し、大きな話題になった。その中に、

 「国民は健康にして文化的水準の生活を営む権利を有す」

として、生存権を盛り込んでいた。研究会のメンバーに森戸辰男のほか、憲法学者の鈴木安蔵(後の静岡大文理学部長)、今中次麻などが参加した。会員のいくつかの私案をまとめ、草案要綱を起草したのは、憲法学者の鈴木安蔵氏だと言われている。実は、この草案要綱が、GHQ草案(英文)の元となったものであり、生存権などの削除など一部修正された。その後、和訳、一部修正されて、上記の政府提出の帝國憲法改正案として帝國議会に諮られたのである。

 さらに、突き詰めると、民間の憲法研究会は、どこから「生存権の思想」を持ってきたのであろうか。上記のNHK番組解説映像によると、森戸辰夫氏の『思想の遍歴』を引き合いに出し、

 生存権の思想は、ドイツのワイマール憲法(1919年)にさかのぼり、その第151条には、すべての人に人たるに値する生存を保障なければならないという趣旨が盛り込まれているところから来ている

 と解説していた。

 以上、憲法記念日ということで、堅い話ではあるが、身近な問題について掘り下げてみた。

 今の社民党(かつての社会党)は、ダメ社会党だが、戦後の日本社会党は、今にして思えば、燃えるような使命感を持っていたことを忘れてはなるまい。

 それには、憲法をお飾り、私たちの生活とは無縁なものとは考えないで、掘り下げて考え、行動していくことが大事ではないか、大いに反省させられた一日であった。

 反省だけなら、サルでもできる。見渡す限りの廃墟の中でなされた、かつての熱い議論をもう一度思い返す必要がある。

 憲法を薄っぺらなものにしてはならない。2009.05.03 

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コメント

日本の歴史上、最も重要視される明治から昭和の時代の知られざる事実が記された、帝国議会 衆議院 秘密会 議事録集(速記、外国語、漢文ではなく、 すべて日本語に翻訳済みです)

元国務大臣の斎藤 栄三郎 先生により、翻訳、製作されたのですが、出版する直前に先生が他界されたため、世に数冊しか出回っていない幻の本です。

ご興味お在りでしたら、是非のぞいてみてください。

http://teikoku-gikai.infostudio.biz/


投稿: 帝国議会 衆議院 秘密会 議事録集 | 2010年8月18日 (水) 21時27分


7 万で練習相手になったんだが、最近の子のテクやべぇぞ!!
特にオ マ ○ コをギューッて締めるワザ!あれなんなんだよ!?
めちゃくちゃ気持ちよくて、中 出 ししまくったっつーの!(笑)

ていうか、ぶっちゃけHの練習する必要ないんじゃね?(^^;)
http://less.g-killing.net/56xxyli/

投稿: どこで身につけたんだよ!? | 2010年8月23日 (月) 00時29分

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