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出会いは偶然の、そのまた偶然 森光子「放浪記」2000回の快挙

 森光子の代表的な当たり芝居『放浪記』がついに、公演数2000回に達成した。しかも、1961年の初舞台(当時森さん41歳)から48年間、半世紀をかけた快挙である。しかも、この日は、89歳の誕生日というから、驚きである。

 寂しいのは、5月10日付朝刊静岡新聞が、写真付きとは言え、第二社会面左下という気づきにくい紙面取りでのベタ記事扱いというのには、あきれた。ひどい。いくら芸能記事だとは言え、女優としてこの放浪記も含めて評価されて文化勲章を四年前に受賞している大女優の快挙にベタ扱いはないだろう。科学ジャーナリストの小生でさえ、この扱いは不当、大不満である。朝日新聞は、三段扱いの囲み記事風でこれも冷遇といえる。

 それではと、5月10日付「日刊スポーツ」を買って開いてみた。なんと、一ページカラー特集「『死ぬものか』で2000回」の大見出し。林尚之さんのスペシャル雑感まで付いている。下欄には、詳しい年表と世相が、森光子さんの若いときの写真やそのときどきの写真をちりばめてのものには、観劇、いや感激した。

 林尚之さんのコラムで知ったが、森さんは、病気と闘う半世紀を過ごしてきたのだ。戦争中の1944年、慰問先の南京で「肺浸潤」、1949年に「肺結核」。その後も、40代半ばで乳がん、肝炎、日焼けが大敵の白斑病。だから、「死ぬものか」でがんばったのだという。

  ただ、忘れてはならないのは、病気と闘っただけでなく、2000回達成のあいさつで、森さんが披露したように

 あいつより うまいはずだが なぜ売れぬ

 という句を胸に辛い下積みの時代を黙々と、歯がみしながら芸に励んで、いつの日か主役の座を掴むぞと戦っていたことだ。この悔しい執念が、主役を演じるようになっても忘れず、おごらずに精進し、2000回につなげたのであろう。2000回はこの悔しい執念がなさしめたものである。

 ただ、この林さんのコラムには書いてないことを一つ、紹介したい。それは、林芙美子の『放浪記』を芝居にした当時の人気劇作家、菊田一夫氏と、遅咲きの森光子がどのようにして出会ったかというエピソードである。森光子があるテレビで語っていることだが、

 偶然の、そのまた偶然

が重なった結果なのである。京都出身の森さんは、戦後、38歳になってもまだ、十年以上も大阪の映画館で、映画と次の映画の始まる合間に行われていた10分程度のコントやショウに出ていた。場つなぎタレントである。そこに何かの用事で訪れた劇作家で、「君の名は」で知られる東宝映画社の重役だった菊田一夫氏が打ち合わせを済ませて出てきた。しかし、呼んだ車に乗ろうとしたが、その車がなぜかまだ到着していなかった。そこで、待ち時間の暇つぶしに映画館の劇場を偶然のぞいた。そのとき、ちょうど幕間で、森さんが、コントかショウをほんのわずかな時間出演していた。それを見た菊田さんは、一目でその才能を見出し、上京を促した。そして、三年後、初の主演舞台『放浪記』に森さんが抜擢されたという。森さん、41歳でついにチャンスをつかんだのである。1000回は1990年だから、もう二十年近い前であり、「日刊スポーツ」によると、「秋には新舞台を予定。来年以降の「放浪記」上演に意欲をみせている」そうだ。

 小生、金沢在住時代に地元のテレビ金沢「じゃんけんぽん」に毎週一回、レギュラーコメンテーターとして出演していた。番組は月曜から金曜日まで週五回。これが1000回目を迎えたときの出番がちょうど小生にあたり、金沢中心街のアトリオで公開生中継したのを記憶している。塚田誉キャスター、人気抜群の平見夕紀キャスターコンビだった。これが2000回を迎えたときも、偶然だが、小生の出演日だった。主役の森光子とは比較にもならないが、それにしても、2000回も番組、芝居を続けると言うのは、本人はもちろん、スタッフの努力なしには、そして執念なしにはできないことだけは確かである。

 これだからスポーツ紙は不滅なのである。全国紙、地方紙だけでは、紙メディアはとっくの昔に消滅していただろう。ありがとう、スポーツ紙。2009.05.10

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