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科学番組とは何か サイエンス映像学会

 昨年創設されたサイエンス映像学会(養老孟司会長)のシンポジウムで、先月末、

 テレビドキュメンタリーを「科学」する

が討論された。その一部が4月3日付「民間放送」(日本民間放送連盟)に掲載されている。科学ジャーナリストであり、科学と医学を担当する論説委員としての結論を先に言ってしまえば、

 批判的な精神をもって、科学にまつわる事件について、なぜ起きたのか、なぜ予見できなかったのか、予見できなかったと済ましていいのか、なぜ回避できなかったのかなどについて検証するのが科学テレビドキュメンタリー

 であると考えたい。この意味で、科学の成果の紹介が主なNHK番組「サイエンス・ゼロ」などは広い意味では、科学番組ではあるが、「科学と社会」の視点が必要な科学ドキュメンタリーとは言えないと考えている。

  最近の科学ドキュメンタリーとしては、このブログでも以前紹介した科学ドキュメンタリー『黒い樹氷』は、まさしく、事実の積み重ねにより、批判的な精神で、なぜこんなことが起こるようになったのか、こうした疑問を放送することで視聴者に問題の所在を知らせるとともに、行政をも問題解決に向け行動を起こさせる力となったことは、高く評価されるべき科学ドキュメンタリー番組だったと思う。さらにはNHK「論文捏造」の科学ドキュメンタリーも、なぜスター科学者が論文捏造に走ったか、また、それを科学界が長い間見つけることができなかったのはどういう原因があったからかを掘り下げて追求している。わたしの言う科学ドキュメンタリーの考え方にそった優れた番組である。

 シンポでは、ドキュメンタリーとは、事実を積み重ねて、(科学記者または制作者が立てた)仮説を検証するものではないかとの意見が、司会の大学准教授から出たようだが、制作側の制作過程でそういう意図を持つことはかまわない。しかし、番組に科学者が参加していたとしても放送そのものが仮説の検証であっては、視聴者をミスリードする危険がある。民放の科学番組まがいの放送にはこうしたものが多いのは問題だ。最近の「あるある大事典」納豆事件はその好例だ。科学的な検証は、科学者の仕事であって、番組制作者や科学記者のできる仕事ではない。断片的な事実を積み重ねて、社会との関係で問題提起はできても、その解決策を提示したり、仮説を実証したり、検証したりすることは、マスコミにはできない。一つの可能性として警告ができるだけだ。ある程度の予見ができるだけだ。映像は、映像操作によって、いかようにも結論づけることができるからだ。この謙虚さを弁えることが、映像にかかわる科学ジャーナリストやサイエンスライター、サイエンスコーディネーター、サイエンスプロデューサーなどなどには求められる。2009.04.21

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