« 大は小を兼ねない ノドンとテポドン | トップページ | 日本国憲法9条の源流 パリ不戦条約と国連憲章と- »

夜桜 自分が酔った文章削って芥川賞『螢川』

 私と同じ団塊の世代の芥川賞作家、宮本輝さんが、4月6日付朝日新聞夕刊1面インタビュー「人生の贈りもの」に出ている。大阪で記者生活を始めたばかりのころ、一度だけお宅にうかがったことがある。受賞後第一作をただちに書くという慣例で書いた短編「夜桜」をどのよう仕上げたのか、夕刊紙にその様子を掲載するための取材だった。すでに芥川賞を取って五、六年ぐらい経っていて、当時、私はまだ駆けだしの貧乏夕刊紙記者だった。それでも同じ団塊世代ということで、面白い話を書斎でしていただいた。

 この朝日新聞夕刊で初めて知ったのだが、自分が名文であるとして酔った冒頭の文章一枚分を削って芥川賞『螢川』につなげたという。名文を書こうと酔った文章を削れと指導したのは、池上義一さんという同人誌主宰者だった。最初は反発したが、よくよく考えると、その通りであると気付いて、それから、「自分が気持ちよく書いている文章を取っていったのが、『螢川』」だったという。

 私が取材したのは、受賞第一作の『夜桜』の創作の様子だった。締め切りがどんどん迫ってくるのに全く書けなかったという。締め切りはとっくに過ぎている。編集者には大部分もう書き上がっている、最後の一行が決まらないと安心させるためウソををつく。しかし、一枚も書いていない。追い詰められて、夜の外をふとみると、夜桜が目に入り、そこから、イメージが広がり、一気に八十枚の原稿を書き上げたという。夜半過ぎから夜が明けるころには仕上がったということだった。削って削ってじっくり一年以上もの時間を掛けて仕上げた『螢川』。一方、受賞第一作は、追い詰められ、一晩で、それも夜半過ぎからイメージだけで仕上げた『夜桜』。いずれも私の好きな短編小説である。

 今でも、日本画家、浜田泰介画伯の「醍醐夜桜」の絵とともに、この対照的な二冊は本箱にならんで、ときどきヒマなとき、悩みごとを思案しているとき、当時を思い出しながら読んでいる。2009.04.08

|

« 大は小を兼ねない ノドンとテポドン | トップページ | 日本国憲法9条の源流 パリ不戦条約と国連憲章と- »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/44607230

この記事へのトラックバック一覧です: 夜桜 自分が酔った文章削って芥川賞『螢川』:

« 大は小を兼ねない ノドンとテポドン | トップページ | 日本国憲法9条の源流 パリ不戦条約と国連憲章と- »