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山本一力さんのこと 春の新聞週間に寄せて

 直木賞作家の山本一力さんは、ある事情から高知県から東京に母親とともに引っ越ししてきた。中学生、高校生のころで、住み込みの新聞配達を高校卒業まで四年間やりとげた。「東京の真冬、氷雨の中を新聞配達をするのは、本当につらかった。走って配達しても、体は温まらないのだ。それを気力で四年間やり遂げた。これがその後の私の人生に大いに役立った」と語ったことがある(2007年3月放送の金沢ケーブルテレビ番組「この人に聞く」)。南国生まれの山本さんだから、余計つらかったであろう。それでもくじけなかった。だからこそ、つらくてもやり抜く気力が身についたのだろう。

 長じて、小さな制作会社を経営することになったが、事業に失敗。億単位の借金だけが残った。これを小説を書くことで返済することを決意する。懸賞小説に投稿しても、なかなか入選せず、落選続きだった。ここで、新聞配達で培った「やり抜く気力」を山本さんは発揮する。莫大な借金を抱えて、落ちても落ちても、入選するまで、書いて書いて書きまくった。入選するまで書く覚悟。そして五年後、ようやくある新人賞を獲得した。それから五年、『あかね空』で直木賞を獲得することになる。二冊目の単行本での受賞であった。

 山本さんの哲学は「人生はセールス」「物を売るということは、自分を売り込むこと」だという。そういえば、山本さんの書く小説には、『あかね雲』(文藝春秋社)にしろ、近著の『早刷り岩次郎』(朝日新聞出版)にしろ、江戸時代を舞台にした経済小説が多い。これにはこうした人生哲学と関連がありそうだ。

 山本さんは、私と同じ年だが、三十本近い連載や注文を抱えている。小説を書く姿勢として、「アイデアはいくらでも出てくる。問題はそれを書く気力がわいてくるかどうかだ」と強調している。小説家になれるかどうかは、いいアイデアがわいてくるかどうかなどではない。やり抜く気力。その気力は若き日の新聞配達時代に培われたのだ。2009.04.07

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