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言うは易く行うは難し P.クルーグマンの懺悔

 言うは易く行うは難し、とはよく言ったものだ。昨秋、ノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大教授のP.クルーグマン氏のような人でも、専門分野で、90年代の「失われた10年」に対する日本批判をしたことを「謝らなければならない」と反省の弁を表明している。4月15日付読売新聞朝刊の囲み記事によると、デフレ不況時に日本政府や日本銀行の対応を批判したのは間違いだったと謝罪した。

 静岡新聞社のインタビューでも、日銀のゼロ金利政策+金融の量的緩和政策に対して、「円安誘導の調整インフレにより、景気回復を図る以外に道はない」と断言し、日銀や小泉政権の経済政策を批判していた(2001年7月17日付静岡新聞)

 「クルーグマン教授は90年代後半、日銀にインフレ目標を設け、徹底的な金融緩和を促す論陣を張るなど、日本批判の急先鋒だった」。ところが、今回、「似たような境遇に直面すると、私たちも(私たちが以前日本を批判したのと)同じ政策をとっている」と述べたという。それどころか「失業率で見ると、失われた10年を経験した日本より、米国のほうか゛むしろ悪化している」と分析。ノーベル経済学賞受賞者と言えども、今回の経済危機の克服が予想した以上に難しいことを認めた格好だ。

 こんな反省の弁を聞かされると、経済学から導かれる結論が、実物経済や経済政策といかにずれているか、さらには、役に立たないか、不信感が募るばかりだ。経済学が経済学的な思考法を磨くには役立つが、それが直ちに、実際の経済政策の処方せんとはなり得ないということだろう。この理由は、経済学の結論にはさまざまな前提が置かれており、これが現実的ではないことによるのだろう。

 とすれば、経済学という学問が、ほかの例えば物理学のような学問と肩を並べるレベルにまで高度に予測可能となるためには、現実の経済について、経済学者がもっと学ばなければならないということになる。よく言われることだが、物理学も経済学も高度な数学を駆使するという点では同じである。ただ、物理学では、導かれた結論が自然界の動きと会わない場合、仮定や前提が正しいかどうか、自然に対する洞察力を働かせて、チェックされる。数学的に正しくても、それだけで自然界にも同様なことが起きているとは限らないのだ。経済学でも、経済社会に対する洞察力を働かせて、前提とした仮定が現実社会において正しいかどうか、チェックする洞察力がまだまだ足りないということであろう。経済学は数学ではない。数学的にあり得ても、それが実際の経済でも起きているとは限らないのである。人間社会をもっと観察することが経済学者に求められる。

 最近では、経済物理学という学問が登場しつつあり、株式市場の暴落についても事前に物理学の法則を応用して予測できるのではないかという注目される結論も得られている。しかし、これとても、人間観察を怠って、すべての人が経済的に合理的な行動をするということをあくまでも前提にしているようでは、学問としては自立できない、あるいは一人前とは言えない。

 数学のゲームの理論や人間性善説を仮定しているようでは、経済学はいつまでたっても現実の経済をとらえることはできないだろう。経済学者よ、もっと人間社会の観察を。物理学者が自然界に対して観察するように。 2009.04.15

 ちなみに、クルーグマン氏のノーベル賞受賞の業績は「貿易パターンと経済活動の立地の分析」。簡単に言うと、自由貿易とグローバリゼーションが世界貿易に与える影響を明らかにし、なぜ世界的に都市化が進展するのかを説明した業績が評価されたと言われている。

 

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