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2009年4月

地方豪族の継体天皇、ヤマトを簒奪か  「昭和の日」に寄せて

 「昭和の日」ということで、継体天皇即位1500年にあたる2007年に放送され、ビデオに撮ってあったNHK番組「その時 歴史が動いた 継体天皇ヤマトを救う」を、先日、見てみた。日本書紀や古事記はいずれも、ヤマト政権のほうから、越前にいた継体天皇のところに使者を寄越して、崩御した武烈天皇に跡継ぎとなる皇子がないので、応神天皇の遠い子孫にあたる継体天皇に即位を促し、熟慮の末、継体天皇は受諾したことになっている。しかも即位は多くの豪族の総意であるとして即位をお願いしたいという体裁をとっている。

 しかし、番組を見た結論を先に言えば、507年の継体天皇の即位は、それまでとは血筋の異なる地方豪族による新王朝の樹立である。継体天皇は応神天皇につながる王族などではなく、もともと地方豪族だったであろう。地方豪族がヤマト政権を、政権の混乱に乗じて、奪い取って、継体天皇と称したというのが真相であろう。皇統として応神天皇につながるというのは、継体天皇即位後に、応神天皇から始まる「上宮記」などで権威付けのために「捏造」したものであろう。「継体」とわざわざつけたのも、裏を返せば、簒奪の革命家ではない、継承者であることを当時の豪族達に、あるいは後世に印象付け、政権の継承生と正当性を権威付けるためであっただろう。そもそも正当な継承者であったならば、そうする必要はなんらなかったはずだ。継体天皇以降は現在の今上天皇まで血筋的には繋がっていることは確かである。

 「その時」が言うような救ったのではなく、簒奪したと考える理由としては、即位が奈良・ヤマトではなく、現在の大阪府枚方市の樟葉(くずは)宮であったこと(ヤマトで即位すれば、反対する豪族勢力による暗殺の恐れもあっただろう)からだ。淀川の水運をうまく利用しながら、瀬戸内海を経て朝鮮半島の百済との交易、加耶の国の経営に当たったのであろう。その後、25年の治世のうち20年の長きにわたって樟葉宮で政治を司ったこと、継体天皇の陵墓が現在の大阪府高槻市の今城(いましろ)塚古墳に比定されていること、朝鮮半島情勢に詳しく鉄製品の入手、滋賀県北部の鉄鉱石や製鉄技術をもっていて、当時の豪族間の争いを鎮めるのに十分な実力を持っていたこと-などが挙げられる。

 その総決算が、九州の一大豪族、磐井氏との最終決戦であった。磐井の乱は、豪族同士の最後の決戦で、これに勝利し、継体天皇の地位は安定した。それはようやく継体天皇死去(531年、82歳)の五年前のことであった。この五年の間に、朝鮮半島の百済との友好関係を活用して、五経博士(政治顧問団兼軍事顧問団兼農業技術指導集団)を招請するなどして、国家統治の仕組み「屯倉(みやけ)」などの整備に当たった。屯倉とはヤマト政権の直轄地であり、服属させた地方豪族の監視機関である。国家理念として、儒教も取り入れていったことであろう。

 継体天皇自体は渡来系ではなかっただろうが、ブレインには、あるいは技術集団には渡来系がたくさんいたことは想像に難くない。このことは、朝鮮半島でよく出土する豪華品々が継体天皇の即位前の越前の古墳からも多く見つかることからわかる。

 こうした経緯を経て、継体天皇のひ孫、聖徳太子から、やがて天智天皇、天武天皇を経て、律令国家という中央政権国家が確立するまでの道が開けてきたのである。

 古代では、今以上に、日韓交流が盛んだったことをうかがわせる。2009.04.29

   参考文献

 『継体天皇即位1500年 大王がゆく』(福井新聞社、2007)

  『増訂 日本古代王朝史論序説』(水野祐、1953)=三王朝交替説、万世一系論の否定

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「被爆国日本」のうさんくささ 次期IAEA事務局長選挙の非情

  国益がぶつかり合う国際政治がこれほど冷厳で、非情だとは思わなかった。国際原子力機関(IAEA)の次期事務局長を決めるさきほどの選挙で、日本政府の推す天野之弥(ゆきや)ウィーン国際機関代表部大使が当選できなかった「事件」はショックだった。初めて日本人が「核の番人」のトップになれる可能性が高かったからだ。当選には、IAEA理事国35カ国の三分の二、24票に3票足りない21票だったという。一騎打ちとなった相手は南アフリカのIAEA担当大使。

 天野氏は、立候補演説で「広島、長崎への原爆投下を経験した唯一の被爆国日本」をアピールした。しかし、このことが、国益のぶつかり合う理事国の中から造反を招いたとの観測が流れたという。確かに、南アといえば、核開発を国際世論におされて放棄した国として、国際的にも評価は高い。しかし、それにしても、もはや「世界唯一の被爆国」という「金看板」は色あせ、ただ、ただ、無邪気に核廃絶を叫ぶだけの国というむしろマイナスイメージとなっているように感じざるを得ない。こんな国に「核の番人」を任せたら何をしでかすか分からないという認識を、核保有国も、非核保有国も持ったのだろう。何回選挙を繰り返しても、いいところまでは行くものの、当選までに2、3票足りないというのは、日本のメンツ、あるいは天野氏のメンツを保ちながらも、決して日本人を事務局長にしてはならないという国際政治の力学を示したともいえそうだ。

 日本人が、核拡散防止条約(NPT)の国際機関の事務局長になれない理由とは何だろうか。はっきりした自分の信念の下に意見を言うことができないのではないかという立候補者の個人的な資質に対する疑念。日本政府の指示通りにしか行動できないのではないかという不安。これでは国際機関のトップは務まらない。ましてや、アメリカの言い分に「イエス」としか言えない国に国際機関のトップは任せられないという心配。などなどが考えられる。

 さらに大きな理由として、具体的に言えば、NPTを強化したい先進国と、核を平和利用したい途上国の対立構図の中で、被爆国日本はどうしたいのかという具体的なビジョンがなかったからではないか。同時に、今月初めのプラハ(チェコ)でオバマ米大統領は「米国には核兵器を使用した唯一の国としての道義的な責任がある」と演説した。これまでの大統領とは明らかに異なる歴史的と言ってもいい認識を世界に示した。日本はこうした新しい世界の潮流を理解しているのだろうか、という理事国の冷徹な目が、日本人事務局長選出を「拒んだ」大きな理由ではないか。日本の外交音痴を不安視したのだ。北朝鮮にばかり目を奪われているようでは、たまらないという理事国のしたたかな計算を読めないようでは国際機関のトップにはなれないということなのだろう。

 やり直し選挙が5月下旬か6月にも行われるという。再び天野氏を立てる日本にとって、情勢は今回以上に厳しいと見るべきであろう。

 明確で具体的な自分のビジョンを持って、はっきり日本政府にも物が言える。そして、国益がぶつかり合う国際政治の中で、果敢に行動する。そんな緒方貞子元国連難民高等弁務官のような人物しか国際機関のトップにはなれない。緒方さんの場合、国際政治学者としてビジョンを持っていた。日本政府に対してもアメリカ政府に対してもはっきり注文を付けることができるだけの識見と行動力があった。官僚の天野氏にこれがあるかどうか、試されている。国際政治では、謙譲は美徳ではなく、悪徳でさえある。そんなことを思い知らされた今回の事務局長選挙の結果だった。

 加えて、被爆国日本にとって、当選への道は、被爆国であるがゆえに、むしろ遠いだろう。2009.04.30

 

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最高裁の毅然  1審、2審破棄の「体罰」無罪判決

 「新型インフルエンザ発生」のニュースに、4月28日付各紙夕刊は大きく紙面を割いている。当然だが、その影響で、比較的に小さい扱いになってはいるものの、最高裁は1審、2審の有罪判決を破棄して「体罰」に対する初判断として、

 胸つかみ壁に押しあて/最高裁、体罰と認めず/原告逆転敗訴(読売新聞夕刊)

という勇気ある、そして、毅然とした判決を出した。小2男子児童を追いかけ胸をつかみ壁に押し当てた「行為は教育的指導の範囲を逸脱しておらず、体罰ではない」と判示した。懲戒と体罰の違いについて具体的な事例に対して初めて判断したことに対し、最高裁に敬意を表したい。最近の大学教授に対する痴漢冤罪事件でも、1審、2審を破棄しての逆転無罪判決を最高裁は出したのに続く名判決だ。最高裁は、このところ最終審としての良識を示したと評価したい。裁判員制度がまもなく始まることに対して、明確なメッセージを出しておきたいという最高裁の強い意志の表れであろう。

 学校教育法第11条には「生徒、児童、学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」と書かれている。今回の判断は、どこまでが教育的な指導のこらしめ、懲戒で、どこからが肉体的な苦痛を与える体罰なのか。その判断基準を具体的な事例で示したものと言えよう。この背景には現場教師がどこからが具体的に体罰になるのかにとまどい、事なかれ主義で児童・生徒に接し、結果的に児童・生徒を甘やかすことにつながり、懲戒による教育効果を著しく低下させているという現状認識があろう。今回の判決で最高裁は、教育現場に対し必要以上に、児童・生徒におもねる必要はない、保護者に対しても臆することなく、毅然として接してほしいというメッセージを送ったもの考えたい。

 そのメッセージとは、まとめると、次のようになる。

 ① 子どもをたたくなどの肉体的な苦痛が伴うこらしめという意味の懲戒は、法の禁止している体罰にあたる。

 ② しかし、胸をつかむなど力を行使しても、肉体的な苦痛を伴うものではない「しかり方」は、法の定める懲戒の範囲内に当たり、認められる。体罰には当たらない。

 ③  言葉の持つ力でしかるというのが、教育的な指導の理想であり、法が想定した当初の「懲戒」である。(しかし、声をあらだてて子どもの欠点をとがめるにしても、つまり、しかるにしても、脅迫は明白に犯罪である。)

 これらを考慮して、今回の判決は、教育現場の実態、その実態が時代とともに変化することを示唆し、杓子定規な一審、二審を退け、③の理想ではなく、②も認められるとしたという点が画期的であり、印象的である。現場教師に勇気を与えるだろう。

 論説委員としての意見は、次のようなものである。

 社会生活を送る上で、正しくないことをした子どもに対して、怒りのない教師は教育者ではない。それは、教える機械である。ちょうど、正しいことをした子どもをほめる心のない教師は教育者ではないのと同様である。今回の判決によって最高裁はこのことを強く現場教師に伝えたかったのだと思う。2009.04.28

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『〈盗作〉の文学史 』  グーグル全文書籍検索データベース化

新聞を読むということは、たいていの読者の場合、記事を読むということを指す場合が多い。しかし、一面下の広告の書籍広告にはときどき、記事以上に面白いものが掲載されるから、油断がならない。そんな広告に、4月27日付毎日新聞朝刊の1面下の書籍広告。日本推理作家協会賞を受賞した

 『〈盗作〉の文学史 市場・メディア・著作権』(栗原裕一郎、新曜社)

である。広告文が面白い。

「剽窃、無断引用、著作権侵害、作家のモラルをめぐり繰り広げられる悲喜劇。近代日本文学黎明期から今日まで、文芸作品の「盗作」を徹底的に収集、それが事件としてつくられる過程を冷静に分析・検証する。すべての作家、作家志望者、文学愛好家必携の書。」

と紹介されている。大変な労作であろう。また、面白い。推理を働かせての執念の収集であったのであろう。あっぱれだ。それで、日本推理作家協会賞となったのだろう。

 ところが、そんな苦労をしなくても、簡単に、盗作部分を瞬時にして、見つけ出すことのできる仕組みが世界的に進んでいる。米検索大手グーグルが書籍の本文全体をデジタル化して巨大な電子図書館を構築、ネットで提供するビジネスを展開しようとしている。当面は閲覧は米国内に限られる。対象本は原則、絶版となる前の「現役」書籍は閲覧ができない。そんな制限はあるものの、日本でも普及すれば、貴重な本、絶版本が容易に閲覧できることになり、著者にとっても読者開拓につながり、メリットはありそうだ。

 ところで、もし仮に、このグーグルシステムを盗作探しに利用したらどうなるか。適当な文字列が並んでいる本を「ワンクリック」で検索できることになる。どちらが先に出版されたかもわかるから、盗作の特定はこれまでには考えられないような早さと簡単さで検出が可能になろう。このことは、新聞社の論説委員も含めて物書きとしては、盗作、剽窃に対する抑制力として働くから、グーグルの登場は脅威であろう。

 毎日新聞に上記の広告が出た同じ日の4月27日付読売新聞「社説」では、

 グーグル図書館 活字文化とどう共存するか

という主張を掲げている。厳しく言えば、この問いかけに答えた内容ではないので、主張というほどのものではない。最後の締めくくりは「書籍の電子化の時代を迎え、活字文化をいかに育てていくべきか。グーグル問題を契機に、さらに議論を深める必要がある」と、ばかばかしいほどの決まり文句で結んでいる。「議論を深める必要がある」というのは、日本語に訳すると「私には何が何だか分からない」という意味だ。活字文化の衰退を嘆くばかりで、時代に追いついていけない老論説委員の悲しい性と、とまどいが目に浮かぶ。

 その脅威のせいか、日本の著作権管理団体「日本ビジュアル著作権協会」(東京)の会員の半数が、著作をデータベースに取り込まないよう求める通知を出したと報道されている(4月26日付静岡新聞べた記事「日本の作家ら和解案を拒否/グーグル著作権訴訟)。2009.04.28

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死因不明社会 見逃されている犯罪

 大型連休前の雨の強い土曜日、そして翌日の日曜日、たまには科学ジャーナリストらしい本でもゆっくり読みたい。そんな気持ちなった。日本科学技術ジャーナリスト会議の会員でもあることから、会議が選んだ昨年の科学ジャーナリスト賞受賞作『死因不明社会』(海堂尊、講談社ブルーバックス)と、今年の受賞作『ルポ 医療事故』(出河雅彦、朝日新書)を読んだ。以前から、読んでみたいと思っていたが、ついつい延び延びになっていた労作である。

 前書の『死因不明社会』によると、最近の日本では、毎年、100万人以上が死亡している。このうちきちんと解剖して、死因を確定して、死亡診断書(死体検案書)にそれを記載しているのは、3%に満たない。あとは、遺体の表面に異常がないかを、ざっと目で検査して、病院勤務医師、警察医(開業医に委嘱)が病名を書く。よくわからないときは「死因不詳」とすべきところを「心不全」ですます場合も多いという。こんなずさんな死亡診断がまかり通る社会では、明らかな犯罪行為や児童虐待すら発見できない。さらには、病院での病死であっても、治療効果判定も行われない無監査医療がはびこると手厳しい。

 この本の大きな特徴は、解剖率が欧米に比べて極端に低いことを嘆くだけに終わらないで、死亡時に死亡原因を比較的に簡単にできる画像診断装置を使って調べる「死亡時医学検索」を、エックス線CTや高性能MRI(ともに一体の検査費数万円程度)による画像診断を活用して必ず行うことを具体的に提案していることだ。その上で、特に犯罪など問題のある遺体について、一体数十万円もかかる解剖を法医や病理医、監察医が実施し、死因を確定する二段構えのシステムの構築を詳細に述べている。そうした死亡時医療情報をデータベース化すれば、死因の確定を臨床医、病理医、画像診断医が共有でき、結果として今後の医療のレベルアップに生かされるという構想だ。こうした試みの先駆的なものに千葉大学医学部にすでに構築されていることも最後に紹介されている。年間500億円もあれば、構築可能とまで試算している。こうしたことは、医療版事故調の基礎データにもなるし、より広く、医療に限らず、死因究明センターへとつなげることもできるというわけである。この本は新書版と小さいが、長年問題意識を持った医師が書いただけあり、説得力と具体性があり、科学ジャーナリズムの手本となるような好著である。

 この著者の言いたいことは、死因確定は、医師法第一条に書かれている医師の職分「公衆衛生上の向上及び増進に寄与する」ことができるというものだ。具体的には、上記の提案によってできるというのが本書の狙いのようだ。

 もう一つの『ルポ 医療事故』については、東京女子医大病院の心臓手術事故など最近の医療事故9件を取り上げている。なぜ医療事故が起きたのか、被害者から見た院内医療事故調査の限界と問題点、死因究明の問題点を洗い出している。日本の死因究明の問題点として

 「警察が扱う死体のすべてを検視官が調べて、犯罪性の有無を判断しているわけではなく、死体の90%近くは、検視官に比べて死因究明に必要な知識が乏しい第一線の警察官が事件性の有無を判断している。しかも(司法解剖、監察医務院での行政解剖などで)解剖される死体は検視のうち1割のみだ」

を挙げている。この本では、ルポが主眼であることから、提案はない。主張もほとんどない。あるとすれば、最後のほうにある

 「政府は死因究明制度全体を視野に入れた将来ビジョンを示し、制度化に必要な人材の養成に急いで取りかかる必要があるだろう」

ぐらいだ。この点が、もの足りない点だ。2009.04.27

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それからの映画「おくりびと」  技術指導の葬儀屋送検

 アカデミー賞外国語部門を受賞した「おくりびと」を激賞する人は多い。主人公が最上川の流れる田んぼの真ん中でチェロを弾く姿も印象的だ。加えて、納棺師の主人公が死者の旅立ちを手伝う仕草や立ち居、振る舞いをみていると、自分のときもあんな風にしてもらいたい。死出の旅路の出発はああありたい。日本人なら誰しも、そう思ったであろう。

 ところが、主人公のこの立ち居振る舞いを技術指導した葬祭会社「札幌納棺協会」(札幌市)が、不用になった仏壇などを無許可で業者から収集、運搬したとして、仙台市から警察に廃棄物処理法違反の疑いで告発されたとベタ記事に出ている(4月22日付静岡新聞朝刊)。同警は、同社や社員を近く書類送検するらしい。

 このことと映画の評価とは直接関係ないと言えば、ない。しかし、いい映画を制作するということは、監督や登場人物だけでできるものではない。それにたずさわった人、つまり映画「おくりびと」を送り出した人、組織もそれなりに社会から評価される、とまではいかくなとも、まっとうな商売をしてほしいものだ。国内外から共感を呼ぶ映画はその時代を反映した文化の集成されたものだからだ。そう考えると、仏壇を無造作に、しかも違法に、廃棄物処理場に放り投げる葬祭会社からの技術指導とはいったい何だろうと思わずにはいられない。いや、葬祭会社の姿が、今の社会風潮であり、それが露見しただけのことであり、映画はしょせん、かなわぬ理想、虚構、ノスタルジーにすぎないとは思いたくない。

 技術指導にも教える人の品格がほしい。体裁さえ整っていれば、それでいいという社会はいびつだ。そのことを考えさせてくれた「おくりびた」だったはずである。

 ベタでも、ことは重大で見逃せない記事がある。そんなことを教えてくれた。2009.04.27

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人生は夕方から楽しくなる 鬼才、若松孝二映画監督

 硬い話ばかりが続いたので、やわらかい夕刊の話題から。相変わらず全国紙の夕刊は面白い。上記タイトルの付いた4月25日付毎日新聞夕刊欄を夕食を食べに入ったラーメン店で見つけた。1960年代には「ピンク映画界の黒澤明」とまで言われた若松孝二映画監督がインタビューに応じて、いろいろ語っていた。『甘い罠』(1963)、『狂走情死考』(1969)などの名作がある。公安調査庁から常に目をつけられていた人物である。懐かしい顔に出会ってうれしくなった。ネギラーメンを食べた後、じっくり読んだ。今年73歳になったそうだが、老けてはおらず、サングラスをかけて血気盛ん、怒れる男として登場していた。

 何しろ、『実録 連合赤軍 あさま山荘への道程』(2007)を自分の山荘を開放して制作し、ベルリン国際映画祭で最優秀アジア映画賞を昨年獲得した。この事件で陰惨な仲間同士のリンチがなぜ起きたのか。実際に事件にかかわったかつての若者に映画を見せて監督は感想を求めたらしい。監督の結論は、

「嫌なものは嫌という勇気が欠如していた」

というものだ。リンチは嫌だと言えばよかったのに、言えば今度は自分が死ぬことになることが恐くて言えなかったというわけだ。

今もそうだけど「(当時の若者も)嫌なものは嫌だと言い続けていたら、この世の中、もう少しましになっていた」という趣旨のことを述べていた。

 若松監督は、名古屋市内にオーナー館「シネマスコーレ」を持っているそうだから、一度は入ってみたい映画館だ。

  人生は夕刊があるから楽しくなる。こういう映画があるから面白くなる。「おくりびと」のような全国的に話題になる映画ばかりを見ていては、人生は分からない。2009.04.25

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「東海地震はもう起きてしまった?」説 2001-05年の長期スロースリップ

 前回の震災対策技術展に出かけて、もう一つ興味ある講演があった。元気象庁気象研究所部長の吉田明夫さんの話である。2001年から05年にかけて、浜名湖直下で、プレートの沈み込みとは逆方向に上側のプレートが、人間には感じないほどゆっくり滑り出していた(舞阪の体積ひずみ計)。いわゆる長期的なスロースリップである。その末期の05年7月には短期的なスロースリップも体積ひずみ計がとらえている。そのエネルギーがどの程度か、せいぜい予想される東海地震のエネルギーの1割程度ぐらいらしいという説もある。05年以降、09年2月まではまたもとのように、浜名湖周辺だけでなく、静岡県全体の地下プレートは順調に沈み込んでおり、ひずみを溜め込みながらも、目だったスロースリップはなく静穏であるという。スロースリップでのひずみエネルギーの放出がやや少ないのは気にはなるものの、

東海地震は通り過ぎたとも言えないこともない。

今再びひずみがたまる状態が、現在、また始まったというわけだ。ただ、こうした静穏期が数年続いた後、やや大きな地震が県内に起きて、そのしばらくした後(阪神大震災や関東大震災の例から推定すると、1-2年後)に、残ったひずみエネルギーが大量にたまっていると、ドカンと大地震が発生する可能性もあるらしい。スロースリップがとまったと言っても、より深いところでは、いまだに続いているという(里村幹夫静岡大防災総合センター長)。

 東海地震関連情報としては、

 浜北、御前崎、掛川など想定震源域に設置された20基ぐらいある体積ひずみ計の一つにでもノイズではない有意な変化が観測された場合には、判定会を開いて、確認後、東海地震の前兆ではない、あるいは関連が不明として「観測情報」が発表される。この異常が2基の場合、判定会で「前兆認定」とされれば、「注意情報」が出される。この異常が3基以上の複数ということになれば、判定会での検討を経て、「前兆すべりの同定」として、東海地震の予知情報として、気象庁長官は直ちに内閣総理大臣に報告される。閣議決定を経て、警戒宣言が出される。

 体積ひずみ計の制度は、小学校の25メートルプールに満たした水にビー球一個をそっと沈めても、その分の体積変化に反応するぐらいに精密なものらしい。それほどに精密なひずみ計でも、陸地の地下深くにしか設置されていないという欠点がある。つまり、震源域の海側には当然ながら設置されていない。だから、そこで、大きなひずみがあっても観測にかからない可能性がある。

 どのひずみ計にも、「異常」が観測されず、突然、東海地震が発生する見逃しケースとして、吉田氏は①前兆すべりが、非常にゆっくりで、ひずみ計の検知能力以下で観測にかからない②検知ができても、すべりの成長が速すぎて、情報を出すまでに地震が発生し、間に合わない③スロースリップがひずみ計の設置されていない海底で起こり、検知に至らない-という3つの可能性を指摘していた。2009.04.25

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「明日起きなくても不思議ではない」 東海地震説の33年

 「明日起きても不思儀ではない」というショッキングな言い方で東海地震説が登場して33年。ツインメッセ静岡(静岡市)で開かれた「震災対策技術展/自然災害対策技術展」静岡をのぞいてみた。メーカーによる地震防災技術の進歩には目を見張るばかりであり、あちこち見て回った。その後、「東海地震研究の現状と発生の可能性」(小山眞人静岡大教育学部教授=同大防災総合センター教授)」、および、「東海地震による強振動と津波の予測」(古村(ふるむら)孝志東大地震研究所教授」「観測データの変化に応じて発表される東海地震関連情報」(吉田明夫静岡大客員教授=地震防災対策強化地域判定会委員)という長たらしく、難しい公開講演会をすべて聞いてみた。久しぶりの本場、静岡県での地震専門家の話にメモを取った。

 ぐだぐだとした難しい、あるいはまどろっこしい話もあったが、結論を先に言ってしまえば、

 「明日起きても不思儀ではない」はずの東海地震は、「明日起きなくても不思儀ではない」と言えるまでに、研究が「進歩」しているらしい

ということである。つまり、東海地震は四、五年前までは、1944年の東南海大地震の割れ残りが単独で起きるというのが主流だったのに対し、最近では、どうやら、これまでの11回の東海・東南海・南海地震の歴史地震の示す通り、単独では起こらないというように研究の方向を軌道修正し、1854年の安政大地震(東南海と南海地震という大地震がほぼ1日ほどの短い間隔で次々に起こった)のような「連動発生説」や、あるいは数十分間隔でほぼ同時に起きた1707年の宝永大地震タイプの「東南海・南海同時発生説」など、東海地震のパターンを単独説も含めて多様化して研究するようになってきたのだ。単独説だけに固守しないで、「頭を柔軟にしておく必要がある」(小山教授)というわけだ。単独説をとらなければ、間隔を少し置いて将棋倒し式の連動発生説にしろ、東南海・南海同時発生説にしろ、東海地震の発生はこれまでの経験から、今後起こるとしても切迫性はこれまでより薄くなり、数十年先という可能性が高いのである。こうなると「東海地震は明日起こらなくてもなんら不思儀ではない」ということになる。キツネにつままれたような話に安心するやら、びっくりするやらの一日となった。これが、今の地震研究の現状なのだ。

  ただ、この研究方針というか、東海地震に対する見方の変更は社会的には重大な問題、課題を突きつけていることに注意すべきである。単独説でさえ、地震規模が大きく、かつ長い沿岸沿いに被害が発生することから、他県からの応援が果たして有効に機能するかどうか不安があるのに、連動、あるいは西日本同時発生となれば、どの県もわがとこの対応で手が一杯で、とても他県に組織的に応援する余裕がないことなる。ところが、ともすると最近は「自主防災活動」への関心が薄れているとの指摘(静岡市消防防災局防災部防災指導課 主査 杉村晃一氏)を聞いたが、むしろ自主防災力を強化していく取り組みこそが大事ではないか。2009.04.24

補記 4月22日付静岡新聞朝刊によると、政府の中央防災会議は、新たな地震調査研究の推進についての総合的、基本的施策をまとめた。それによると、東海、東南海、南海地震の調査観測研究を推進することは「最も重要な課題である」と位置付け、今後、十年間に三地震を軸に海溝型地震の連動発生予測の高度化を最重点的に進めるとしている。

 今回の静岡大学防災総合センターの公開講演会も、まだセンター開設2年目であるが、こうした動きに対応した研究の方向を打ち出しているような印象を受けた。2009.04.25

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異色の中国映画「南京!南京!」  日本人の心の葛藤も

 南京大虐殺をテーマにした中国映画「南京!南京!」(陸川監督)が中国各地で公開されたと、4月23日付静岡新聞朝刊「GLOBAL FLASH」に掲載されている。日本軍の残虐行為に対する中国人の抵抗がテーマ。内容は想像に難くない。しかし、一日本兵の心の葛藤も浮き彫りにしている異色作だという。

 この虐殺事件については、今も、その存在や規模をめぐって議論が戦わされていることを考えると、監督の勇気ある映画人魂に敬意を表したくなる。

 日本でも、ぜひ、公開してほしい映画だ。2009.04.23

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最高裁の良心は何処に? 和歌山・毒カレー事件判決

 和歌山・毒カレー事件の最高裁判決要旨を読んで、素直な感想を言えば、限りなく「黒」に近いとは言え、五人の裁判官全員一致で一審、二審(原審)の死刑判決を支持したのは誤りである。「疑わしきは被告人の利益に」の原則通り、「無罪」とすべきであった。それができなかったのは、社会がすでに被告人を犯人と決めつけていることに迎合せざるを得なかったからであろう。なぜか。それは裁判員制度を前に、最高裁の判断と多くの国民の常識との間に乖離があると思われたくなかったからであろう。この乖離を生み出したのは、小生もかかわる報道機関の影響が極めて大きい。疑惑段階当初、被告人から報道陣にホースで水をかけたときから、マスコミ界はすでに被告人を真犯人扱い、または「断定」していた。そうではあっても、法の番人として、そしてまた司法界の良心として、最終審の良識として、毅然とした判決を出してほしかった。被告人の自白がない上に、毒物混入を直接目撃した証人もいない。しかも物的な証拠も、状況証拠ばかりであり、これをいくら積み上げても直接証拠に代えることにはならない。引き算方式で被告人しかヒ素を混入させる機会がなかったから、犯人だではあまりにずさんな判決だ。いくら、被告人にヒ素をめぐる犯罪や疑惑が事件以前に複数あったとしても、想像たくましくて状況証拠の後ろ楯に仕立てることは許されない。本件は本件のみの証拠で立証すべきであり、過去がこうであったから、今回もやったに違いないという論法は冤罪を生む。むしろ、そのことを巧みに利用して、被告人が証言しているように、日ごろから被告人に恨みを抱いていた別の人間が被告人を陥れたという可能性を否定しきれない。

 最高裁判決要旨によると、「被告人が毒物カレー事件の犯人であることは①カレーに混入されたものと組成上の特徴を同じくする亞ヒ酸が被告の自宅などから発見されている②被告の頭髪からも高濃度のヒ素が検出され、その付着状況から被告が亞ヒ酸などを取り扱っていたと推認できる③(事件が起きた)夏祭り当日、カレーの鍋に亞ヒ酸をひそかに混入する機会があったのは被告のみで、被告が調理済みの鍋のふたを開けるなどの不審な行動をしていたことも目撃されている-などを総合することによって、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されていると認められる。」

①、②、③の状況証拠のなかでも、裁判官に強い心証を与えたのは、①の世界最先端の分析装置を使った鑑定結果であったであろう。これが、高精度の科学鑑定ではあっても、所詮は状況証拠にすぎないにも関わらず、あたかも決定的な証拠能力を持ったものと確信させたのではないだろうか。 

 捜査段階では自供したが、公判ではその供述を翻した。突然の大金所持などの状況証拠はあるが、直接証拠はない。金目当てが考えられるが、犯人とされた画家の動機ははっきりしない。生存者の証言による似顔絵が似ているという理由が逮捕のきっかけになった。そんな程度で毒殺大量殺人で死刑が確定した事件としては、戦後まもないころに起きた帝銀事件を思い出す。死刑確定後、元警視庁の捜査員ですら、毒物の手際のよい扱い方などから、平沢貞通は犯人ではないと公言するなど、冤罪説が根強かった。犯人とされた平沢は、結局40年近く獄中で生活し、死刑が執行されないまま医療刑務所で獄死した。95歳。生存中は何度も再審を最高裁に請求したが、認められることはなかった。冤罪の可能性が捨て切れないことから、「疑わしきは被告人の利益に」を準用し、国も死刑執行を思いとどまったのであろう。最近では、貞通の養子の武彦氏が、膨大な裁判記録のすべてをデータペース化する仕事に取り組んでいるという。

 今回の判決文を読んで、冤罪は出さないという最高裁の良心は何処へ行ったのか、いぶかしく思う。

 松本サリン事件の被害者、河野義行さんが、この判決について「自分が疑われたときも警察から状況証拠は真っ黒だと言われた。状況証拠はいくら積み上げても、(犯人の)立証にはならないのに、死刑になってもいいのか。あまりにも荒っぽい判決だ」と最高裁を批判している。同氏は、検察側の立証ができていないと考え、被告人支援のため、拘置所に何度か面会にも行っている。同氏のこうした批判や行動は重い。

 ここで述べた、小生の主張には、ほとんどの人が納得しないかも知れない。しかし、自白がなくても、また、直接の物的証拠がなくても、(都合のいい)状況証拠さえ積み上げれば死刑とすることができるという社会は「いつか来た道」である。動機が分からなくても、状況証拠が立証している。今回の最高裁の判決はそう判示し、(犯罪の証明がないのに)死刑を支持した。いずれ、今回の判決が、司法界の汚点として記録される日が来るだろう。  2009.04.23

 補記 4月24日付静岡新聞朝刊「毒カレー事件/最高裁判決/私の意見」が載っている。甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事専門、法学博士)の意見は、「動機不明は犯人性弱めず」として最高裁判決を全面支持している。冒頭、「被告台所から発見されたプラスチック容器付着のヒ素と、カレーに混入されたヒ素の同一性は、最先端の放射光施設、スプリング8を利用した蛍光分析に基づく鑑定などで裏付けられている」としている。このように同一性が高度の科学的根拠を持ったものであることを強調した上で、こう続けている。

 「この事実は、殺人事件の血液が付いた包丁が被告宅から発見されたのに匹敵する有力な状況証拠だ」とたとえている。しかし、このたとえは、誤りである。もし、たとえるとしたら、せめてこう修正すべきであろう。つまり、この事実は、殺人事件に使われた包丁そのものか、あるいはそれに極めて似た包丁が被告宅から発見されたのに匹敵する有力な状況証拠だと。なぜなら、科学分析の結果から言えることは、いわば凶器に当たるヒ素は被告宅台所にあったヒ素である可能性が極めて高いということだけである。あたかもその可能性が、科学的、統計学的に見て百パーセントであるかのような印象を与える「(被害者の)血液が付いた包丁」とまで、飛躍してたとえることはできない。(被害者の)血液が付いた包丁となれば、犯行に使われた包丁そのものを意味し、直接証拠にさえなり得るが、犯行に使われた包丁ときわめてよく似た包丁が被告宅台所にあっただけでは、状況証拠の一つに過ぎない。渡辺教授のたとえには、被告人は犯人であるという先入観による飛躍がある。たとえが適切ではない。わざわざスプリング8を持ち出して、高度に科学的な証拠能力があるかのように強調するところにも、科学ジャーナリストの端くれとして、私は同氏の意見に違和感を持つ。今回の科学鑑定について、渡辺教授は無条件に買いかぶりすぎているとの印象を強く持った。

 なお、4月25日静岡新聞朝刊には、同じく同連載の「私の意見」として、「林眞須美さんを支援する会」会員の片岡健(けん)氏が「予断広めた報道見直しを」として、「報道から抱いた先入観を排除し、冷静に見つめ直せば、法廷までもが報道の予断に支配されていたのではないかと思える不可解な認定がこの裁判には多い」と指摘している。その上で「マスコミが犯罪報道の在り方を考え直すキッカケの一つにはなるだろう」と今回の最高裁判決の意義を強調している。裁判員制度がまもなく始まる時期だけに、この指摘を真摯に受け止めたい。『週刊金曜日』などを発表の場にしているフリーライターの片岡氏は、この事件の再検証作業を続けているという。今後を見守りたい。2009.04.25

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「私のラジオ時代 」 大橋巨泉/倉本聰さんの場合

 平日の朝は、浜松から東海道線で静岡に通勤している。JR静岡駅南口からは、会社差し向かえの無料社バスに乗る。駅から、会社の玄関先まで直行してくれるから、便利である。始業時間に合わせて運行してくれるので遅刻もない。乗車時間は10分くらいだが、社関連のSBSラジオ(文化放送系、ニッポン放送系)が流れている。先日は、「週間エンター」で、シリーズで

 私のラジオ時代

というコーナーが流れていた。一人はカナダ、オーストラリアに住んでいてちょくちょく日本にやってくるらしい大橋巨泉さん。「クイズダービー」司会などテレビ時代の寵児だ。いまや、75歳だが、さすがに声は若い。テレビなどはなく、ラジオの時代の戦後間もないころから、ラジオ放送作家として、番組を構成し、自分でも出演していたという。自作自演というわけだ。競馬のラジオ番組にも出演している。これが、テレビ時代に入って人気番組「クイズダービー」司会に結びついたのであろう。時代の流れにうまく乗った。今やりたいことはと聞かれて、「好きなジャズのDJ」と意慾を示していた。声だけでなく、生きがいづくりでも若い、そう感じた。

 もう一人、倉本聰さんが出演していた。倉本さんも、今、74歳。やはり声は若い。今は北海道・富良野に住まいを構えていて、数カ月に一度、仕事の関係で東京に出てきているという。長寿テレビドラマ「北の国から」の脚本家、放送作家として有名だが、ラジオ時代には、軍管区情報やたずね人などの情報をアナウンサーとして淡々とこなしていたという。当時としては大変に視聴率の高い番組だったらしい。ニッポン放送に入社する前の東大文学部の学生時代は、演劇に熱中し、授業はまったくと言っていいほど出席しなかった。演劇を通じていろいろな人生勉強、作家としての勉強をしたらしい。卒業できたのは、カンニングで試験を切り抜けていたと言うから、人生は分からない。

 倉本さんの名言を一つ。ラジオとは何か、と司会者に聞かれて「ラジオは、最高の想像する芸術」と答えていた。売れっ子脚本家らしい言い方だ。実感だろう。しかし、最近は音楽番組は多いが、想像力を働かせるラジオドラマがほとんどないのは困ったことだと指摘していた。想像する時間を与えない騒がしいラジオ番組が多いせいであり、ラジオドラマが衰退したわけではないと強調していた。もっと想像する語り口のできる場がラジオにほしいということらしい。倉本さんは、今、ラジオドラマの脚本を書いているそうだ。まもなく、オンエアされるという。それで、思い出したが、想像するラジオ番組として、

 深夜の静寂の中で放送された「ジェットストリーム」

があった。あの語り口こそ、想像するドラマのある音楽番組である。倉本さんの話を聞いて、想像する朗読の時間がもっと深夜にあっていいとも感じた。

 それはともかく、この人の場合、ラジオ時代の苦労が、やがて訪れるテレビ時代で成功するための跳躍台となったことがうかがえる。

 二人はともに、ラジオの時代が、いわゆる修業時代だったのだろう。

 こんな生の話が聞けるとなると、朝の社バスの中の10分間ラジオは見逃せない。2009.04.22

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創刊50年の怪 「朝日ジャーナル」復活 

 「週刊朝日」の緊急増刊として「朝日ジャーナル」(4月30日号)が出た。この3月で「創刊から50年」になるらしい。17年間休刊していたが、「怒りの復活」をしたという。

 表紙には、崩壊寸前の「日本型社会システム」。いま問われているのは、私たちの『知性」、そして「感性」-

となっていて、全く意味不明な「復活」だ。どういうわけか、巻頭言の「風速計」に、週刊朝日編集長 山口一臣氏が、

 この国への強い危機感/ 「知的虚栄心」と「知の復権を」

という「怒りの復活」の経緯を書いている。ジャーナリストだった筑紫哲也さんが強調したという「知的虚栄心」を満たすための雑誌-そんなものがいまの時代に売れるのかどうかはわからない。そんな締めくくりをしているのだから、ばかばかしくてまじめに読む気がしない。

 第一、意味不明の長々しい見出しが多すぎる。それが「知的虚栄心」の証だと勘違いしているとしたら、筑紫哲也さんも地獄で泣いているだろう。

 そんな思いは、団塊世代の小生だけではない。辛口コラムで知られる4月22日付中日新聞夕刊「大波小波」子も、「無意味な復刊」と題して、

 こりゃダメだという感想を持った

 と斬り捨てた。そう言えば最近の『論座』の休刊といい、ずっと以前の『科学朝日』の休刊といい、さらにはその後継である『サイアス』に極まる休刊といい、本気で

 なぜ、休刊せざるを得なかったのか

という真摯な反省が欠けている。左翼的な自己満足に堕している。時代が見えていないのだ。今回の「復活」も書き手に時代が見えていない。そう言えば、『アサヒグラフ』とかなんとかいう雑誌も休刊だか、廃刊したことを思い出した。

 ただ、一つだけ、「怒りの復活」には秀逸なルポがあった。これだけで、490円の価値はあった。それは、

 「年越し派遣村」男性のその後 あなたは、いったい何者か?

 「取材の現場から」となっていて、見出しもズバリ、鋭い。つまり、派遣村に集まってきた人間の中には、あやしげな人物もいることを、暴き立てる週刊紙風ではなく、辛抱強く静かに事実をメモしている。虚言癖の男のような印象を受けるが、そういう偏見を捨てて丁寧に追跡しているのに好感を持った。これだけが、唯一の救いだった。これがなかったら、虚栄心ならぬ「知的詐欺」と言われても仕方がないところだった。2009.04.21

 

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科学番組とは何か サイエンス映像学会

 昨年創設されたサイエンス映像学会(養老孟司会長)のシンポジウムで、先月末、

 テレビドキュメンタリーを「科学」する

が討論された。その一部が4月3日付「民間放送」(日本民間放送連盟)に掲載されている。科学ジャーナリストであり、科学と医学を担当する論説委員としての結論を先に言ってしまえば、

 批判的な精神をもって、科学にまつわる事件について、なぜ起きたのか、なぜ予見できなかったのか、予見できなかったと済ましていいのか、なぜ回避できなかったのかなどについて検証するのが科学テレビドキュメンタリー

 であると考えたい。この意味で、科学の成果の紹介が主なNHK番組「サイエンス・ゼロ」などは広い意味では、科学番組ではあるが、「科学と社会」の視点が必要な科学ドキュメンタリーとは言えないと考えている。

  最近の科学ドキュメンタリーとしては、このブログでも以前紹介した科学ドキュメンタリー『黒い樹氷』は、まさしく、事実の積み重ねにより、批判的な精神で、なぜこんなことが起こるようになったのか、こうした疑問を放送することで視聴者に問題の所在を知らせるとともに、行政をも問題解決に向け行動を起こさせる力となったことは、高く評価されるべき科学ドキュメンタリー番組だったと思う。さらにはNHK「論文捏造」の科学ドキュメンタリーも、なぜスター科学者が論文捏造に走ったか、また、それを科学界が長い間見つけることができなかったのはどういう原因があったからかを掘り下げて追求している。わたしの言う科学ドキュメンタリーの考え方にそった優れた番組である。

 シンポでは、ドキュメンタリーとは、事実を積み重ねて、(科学記者または制作者が立てた)仮説を検証するものではないかとの意見が、司会の大学准教授から出たようだが、制作側の制作過程でそういう意図を持つことはかまわない。しかし、番組に科学者が参加していたとしても放送そのものが仮説の検証であっては、視聴者をミスリードする危険がある。民放の科学番組まがいの放送にはこうしたものが多いのは問題だ。最近の「あるある大事典」納豆事件はその好例だ。科学的な検証は、科学者の仕事であって、番組制作者や科学記者のできる仕事ではない。断片的な事実を積み重ねて、社会との関係で問題提起はできても、その解決策を提示したり、仮説を実証したり、検証したりすることは、マスコミにはできない。一つの可能性として警告ができるだけだ。ある程度の予見ができるだけだ。映像は、映像操作によって、いかようにも結論づけることができるからだ。この謙虚さを弁えることが、映像にかかわる科学ジャーナリストやサイエンスライター、サイエンスコーディネーター、サイエンスプロデューサーなどなどには求められる。2009.04.21

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映画「四川のうた」 中国の富豪82万人の影で

 世界の工場と言われるくらいに、最近の中国経済の成長はすさまじい。4月17日付静岡新聞朝刊「GLOBAL FLASH」によると、2009年に資産1000万元(約1億5000万円)以上の富豪は、中国全体で82万人以上に達した(中国経済時報)。これは浜松市の人口に相当するから、大変な数字だ。富豪の平均年齢は39歳。さらにそのうち、1億元以上の大富豪は5万1000人、平均年齢は43歳。

 誰しも気になるのは、こんな若さで、大富豪にどのようにしてなれたのか、である。通常考えられるのは、株取引で儲けたとか、起業に成功したとか、が考えられる。北京五輪で稼いだとか、中国にも土地バブルがあるそうだから、それで儲けたということもありそうだ。しかし、実際、この中には、人治主義の中国のことだ、共産党員のわいろ取り、公金横領などでくすねた金も含まれているのだろう。裁判官だって、わいろの出し方によって、判決の書き方を匙加減すると言うから、死刑が無罪になったりするくらいだ。これに泣かされた外国人投資家は、それこそ五万といる。身ぐるみはがされるまで、裁判でわいろ要求されたという米経営者も多い。

 それはともかく、これほどのすさまじい経済発展の裏側、つまり、経済発展に取り残された内陸の人々の生活はいったいどのような激変に見舞われているのだろうか。そんなことは、つい、忘れがちだ。そこに視点を当て、その実態にリアルに迫った映画が「四川のうた」(ジャ・ジャンク監督)である。急速な変化に翻弄される地方の人々の苦しみ、悲しみを四川省の成都の巨大国営軍事工場「420工場」を舞台に描かれている。古都・成都と言えば、かつての蜀の都。劉備や諸葛孔明が活躍した大都市である。最近では、多くの死者を出した四川大地震で世界に知られた。いまでは1000万人以上が住んでいるという。

 それはともかく、最盛期には工員約3万人、家族も入れると10万人以上が工場で暮らしていたが、1990年代に大量解雇の嵐が吹き荒れた。そして、2年前には閉鎖、郊外へ移転。その後には、新しく誕生してきた富豪のための瀟洒な高層マンション群に生まれ変わろうとしている。かつて工場で働いていた労働者にはとても、とても買えない高級マンションである。こうなるまでの様子を実際に工場で働いていた労働者へのインタビューなどで構成し、戦後の中国社会主義が歩んだ歴史を浮かび上がらせている。

 「労働者の国家」がいかに労働者を搾取し、食い物にし、そして、捨て去っているか。

 そのおぞましい姿が、淡々と描かれていることに、驚く。アメリカの強欲資本主義もすさまじいが、いとも簡単に人間を否定する社会主義や、中国式市場経済のおぞましさと比べたら、天国と地獄ぐらいの差があるらしい。ぜひ、見てみたい映画だ。

 「人間の顔をした社会主義」は果たして可能か、そんなことを考えさせてくれる静かなる映画である。2009.04.20

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部と局の逆転に「喝!」  静岡県庁の組織考

 結果だけ見ると、おかしいな、戸惑うな、なんでこうなんだろう、と思うことがある。とくによそから転職などしてきて、そんなことを感じることがままある。よそから来たものだから、そうなった経緯は知らない。でも、なんで、世間一般とは違うのだろう。当の組織にいる人に聞いてみたいと思うのだが、もう慣れてしまったのか、なんでそんなこと聞くのという顔をして疑問にも思わないようだ。それになんだか、聞くのが失礼にあたるようで聞きにくい。

 そんな事例が、仕事柄ときどき訪れる静岡県庁の組織名にある。まず、知事の下に、厚生部などのいくつかの「部」がある。厚生部は、病院局などいつくかの「局」を束ねているのだ。局は、なになに「室」を束ねている。室長が室員、担当を統括している。教育委員会は、課で統一されていて、分かりやい。ただ、県庁レベルで全国を見渡すと、部と局の両方を使っているのはむしろ少ないようだ。

 新聞社では編集局、広告局などの局が社長の下に置かれている。それぞれに局長がおり、たとえば編集局には社会部、政治部、経済部を統括している。部長が、それぞれの記者クラブを統括、警察キャップ、司法キャップなどを束ねている。出稿されてきた原稿をどう紙面に割り付けるか、あるいは「没」にするか、それを決めるのは紙面づくりの責任者である「デスク」であり、それは局次長クラスがなっている。会社のほとんども部があり、その下に課があり、係や担当があるように組織されている。

 それなのに、しつこいようだが、静岡県庁の場合、まず、部があり、局を統括している。局は室を統括している。ところが、道路を挟んで県庁の真向かいにある静岡市役所では、基本的に局が部を統括し、部はいくつかの課を束ねている。課のなかに、担当がいくつかあるという組織立てで、会社組織に似ていて分かりやいす。私も転職前の職場がそうであったし、中央官庁もそうなっており、電話取材には便利で、慣れもあって取材しやすい。しかし、静岡県庁の場合、いちいち電話帳で部が束ねている局を確かめて取材を申し込んでいる。慣れてしまえば、たいした問題ではないように思うかもしれないが、半年たっても、なかなか慣れない。どうしても部長より、局長が上席と勘違いしてしまいそうなのだ。静岡市役所での取材では、局長が上席であり、部を束ねているというから余計、県庁の組織はややこしく映る。

 そんなことをひそかに思っていたら、4月14日付毎日新聞朝刊「多趣閑言」という記者デスク日誌欄に、新任の静岡支局長・照山哲史氏が同じ趣旨のことを「分かりにくい県の組織」と題して書いていた。同氏は、最後に、会社感覚の「誰にでも分かりやすい「部-課-係」に戻してもいいのではないかと思う」と大胆に提案している。

 静岡県はまもなく知事が辞任し、今夏には新しい知事が登庁する。ひょっとすると、「よそもの」の素朴な感覚を取り入れて、人心一新の手立てとして、部局見直しを断行するかもしれない。四期16年の長期政権のたるみに「喝」を入れるチャンスではあると私も思う。たかが「局」と「部」の組織名の入れ替えに過ぎないと言うなかれ。これを機会に、これまで16年の間の経緯でわかりにくくなってしまった組織立てをもう一度見直し、スリム化、無駄を取り除く行革につなげるとともに、人心一新のチャンスにしてはどうか。県庁に限らないが、比較的に豊かな静岡県には何事にも他県に比べて取り組みがにぶい、遅いという苦情が県民の中に根強くあるように感じる。「部」と「局」の逆転現象の改善には、一部県庁マンの意識改革に、意外に大きな効果があるように思う。

 今、世界的な金融危機と不況で一般企業は生き残りをかけて、大リストラ、組織の見直しを、切れば血の出るほどの覚悟で進めている。県庁だけが、危機意識を欠如したまま、ぬるま湯、他人事で仕事をしていると県民に思われないように、公僕の名に恥じぬ気概を示してほしい。2009.04.19

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夕刊は安い2 ヤマトタケル

 小生は、福井市出身だから、越前(もう少し限定すると三国あたり)から即位した継体天皇(第26代)の実在については、固く信じている。今上天皇に血筋的にもつながっている天皇とうかがっている。しかし、第12代の景行天皇などは、初代の神武天皇と同様、架空の可能性、つまり、古事記や日本書紀が、いかに大和の国は歴史が長いかを誇張するためにつくりあげた神話の中の天皇ではないか、とあまり根拠もなくこれまで信じていた。景行天皇より少し後に即位した第15代の応神天皇、第16代の応仁天皇については、大阪府堺市に巨大な前方後円墳があることから、実在は確実。その程度の知識しかなかった。

 ところが、これまた朝日新聞夕刊(4月18日付)の「はみ出し歴史ファイル」(歴史研究家・野呂肖生)によると、景行天皇はどうやら実在した天皇らしい。皇子の名前は、「古事記」では倭健命、「日本書紀」では日本武尊。いずれも「やまとたけるのみこと」と読むらしい。実は、小生、日本古代史では有名なこの皇子も架空のものと信じていた。それほどの根拠があるわけではないのに、ヤマトタケルは架空の人物と思っていたのだ。

 「古事記」でも「日本書紀」でも、ヤマトタケルノミコトは東奔西走する。静岡県では焼津市あたりで、土豪に謀られて、九死に一生を得たらしい。一人の人物ではなく、複数の皇子の事績をまぜこぜにしたかもしれないが、ともかく、それらしい人物はいたと言ってもいいだろうと、このコラムを読んで感じた。

 では、なぜ、小生は、ヤマトタケルを架空、神話の世界の人物と信じたのであろうか。それも根拠もなくにだ。このコラムを読んでハッと気づいた。戦前の国定歴史教科書に必ず登場した人物だったからだ。国定教科書、それも歴史教科書となれば、内容はうそに決まっていると独り決めしていたのである。戦後民主主義教育のゆがみは私の脳を洗脳していたのであろう。戦前の教育はすべてが間違い、という洗脳だ。

 こんなことを気づかせてくれた夕刊である。私の感性は、いまだに朝日新聞は赤新聞だと無意識に思っていることにも気づかされた。この「はみ出し」コラムを読んで、そうでもないことに思い至った。夕刊はやっぱり安いのだ。2009.04.18

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夕刊は安すぎる  『欲情の作法』

 全国紙の夕刊の魅力をもう一つ。高い本を買わなくても、駅売り夕刊(50円)で済ませることができるのだ。たとえば、毎日新聞夕刊(4月14日付)の「特集ワイド=本の現場」。現場というぐらいだから、新刊の場合、著者が登場している。この日は『欲情の作法』。売れている。いまさら買うつもりもない。実は、ポイントがこの特集にほとんど出ている。いや、原本よりも明快に、かつ、簡潔に書かれている。もとの本は、ぐだぐだと引き伸ばして書いてあるので、スパッとは分かりにくい。新聞はポイントを押さえて、著者から聞き出している。不倫の要諦として、男たるもの

 「二兎しか追わぬものは、一兎も得ず」

と堂々と書いている。だから、何だというわけだが、三兎も、四兎、五兎も追いなさい。そうすれば、一兎ぐらいは何かの間違いで、引っかかるだろうというわけだ。著者、渡辺淳一らしい逆説とも、真実とも、体験とも言えるアドバイスだ。

 特集では、なぜ、夫婦の会話はすれ違うのか、という興味ある問題を提起している。本では、あれこれ書いているが、手っ取り早く知りたくてもよく分からない。それが、新聞では、ズバリ、

 男の会話は問題解決の手段。これに対し、女の会話はそれ自体が目的であり、問題解決なんてものは、どうでもいい。

 ここにすれ違いの原因があると指摘されている。鋭い。この話を朝刊でやって、分析しても面白くはない。が、肩のこらない夕刊でイラスト付きでやると、真実味があり、大抵の人は納得するはずだ。このように、ここまで分かれば、グダグダした、もともとの新刊本などもはや買う必要はない。

 夕刊50円は、安すぎる。これが、元夕刊紙記者で、今は全国紙夕刊愛読者の結論である。2009.04.18

 

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立ち会議 立ってやったら時間4分の1に

 どの全国紙も、最近では、朝刊より夕刊が面白い場合が多い。毎日新聞夕刊(4月17日付)の「特集ワイド=長すぎる会議」というのが、傑作だ。椅子に腰掛けてやる会議はとかく、ダラダラ、脱線、堂々巡りになりやすい。そして、無駄な残業となる。それなら、テーブルを囲んで、立って会議をしたらどうなるか。記事によると、キヤノン電子(埼玉県秩父市)の例では、重役会議はこれまで長々と数日かけていたのが、なんと、四時間で終了、きちんとした決定もでたという。これは従来の重役会議の時間のなんと4分の1。一般社員の場合、立ち会議ではせいぜい30分、だいたいは15分で終わる。

 言ってみれば立ち食いそばの回転率は、店内で座って食べる場合に比べて、三倍も回転率が高いそうだから、立ち会議は、まさに「時は金なり」のコスト削減である。人件費や資材費ばかりを削減する知恵のない経費削減策より、よほど経費削減になるのではないか。

 座るにしろ、立つにしろ、いずれにしろ、ダメ会議の特徴には次のような点があると言われている。これは、『週刊 ダイヤモンド』(2003年1月18日号)に載っている。ざっと、こんな具合だ。

 「できない」などネガティブ意見が多い。独演会のようで一人の人間の話が長い。前回までの結論を無視している。この会議が最終という真剣さがなく結論を先送りする。少人数に絞るべきなのに人数がそもそも多すぎる。声の大きい人に振り回されている。役職順に座る。報告だけで終わり報告者の積極的で具体的な意見がない。資料の説明時間がやたらと長い。

 大抵の会社の会議はこんな風で、所定の週40時間という時間のかなりの部分を無駄にしているのだ。朝刊の無味乾燥なのに比べて、全国紙の夕刊(一部50円)はかくも、すてきなのだ。全国紙も地方紙も夕刊廃止論が少しずつ勢いがついているように見えるが、夕刊がなくなれば、新聞の魅力は半減以上になるだろう。

 夕刊よ、立ち上がれ。知恵を「立ち会議」で出し合おう。 2009.04.18

 

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二宮尊徳 金次郎は日本一の道徳男

 恥ずかしい話だが、小生、薪を背負って歩きながら本を読み、勉強にいそしんでいる金次郎少年の話は、つくり話であると長く信じていた。小学校の門近くに今もちょくちょく見かける。実は、それは間違いで、歴とした江戸時代後期の神奈川県小田原市に実在した農政家であったことを知ったのはせいぜい十年ぐらい前である。四十年近く間違いを信じていたのであるから冷や汗ものだ。4月17日付静岡新聞一面下の広告に『世界に誇る 日本の道徳力』(石川佐智子著、コスモトゥーワン発行)が紹介されている。二宮尊徳90の名言が載っているそうだが、広告にも、出ている。紹介すると、

 金銭が多すぎるのは不便の至り。金がすべての強欲資本主義批判ともとれる。

 善心が起こったらすぐ行動せよ。善は急げということだ。

 半面を知って全面を知らないのは半人前の見識。生半可な知識を振り回すな。

 譲って損はなく、奪って得はない。謙譲の美徳というわけだ。

 心が正しく平らでなければ得た富も逃げていく。悪銭身につかずということだろう。

 財貨は世の中に風のように満ちている。今風に意訳すれば、「ピンチはチャンス」。

 いい種も悪い種もすべて自分が蒔いたものである。なんでもかんでも人のせいにするな

 瓜を植えて茄子を求めるまちがいをするな。木に登って魚を求むるが如し。

 たまには、広告をじっくり読むといい。自分の思い違いに気付かせてくれる。

  ところで、尊徳の「報徳の思想」を、自筆報徳遺訓として戦後にまとめた浩瀚な本がある。『二宮尊徳の遺風』(静岡新聞社内の二宮尊徳顕彰会発行)である。2009.04.17

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静岡の茶畑 日本的な「文化的景観」

 世界遺産登録運動が石川県(白山と、城下町金沢の文化遺産群と文化的景観)でも、静岡県(富士山)でも盛んになっているが、そこでよく出てくるのが「文化的景観」という、「わけのわからない」考え方である。世界遺産条約に言う「文化的景観」というのは、多分に西欧的な考え方で、日本では「文化的景観」というはっきりした形で、これを文化財の範疇に含める考え方が出てきたのは、ごく最近だろう。

 ところが、4月17日付静岡新聞の地方面コラム「清流」(磐田支局・佐藤学記者)欄

 茶畑は誇れる地域資源

を読んでいて、気付いた。日本にも文化的景観がある、それは、新茶シーズンの今ごろの「みずみずしい幾何学模様の茶畑」(佐藤記者)こそ、日本の文化的景観の代表例ではないかと。私も浜松から、静岡に通勤しているが、車窓から、緩やかな山肌に緑の茶畑を眺めていると、確かに深呼吸したくなる。それくらいすがすがしく美しい。佐藤記者は、「この景観は、身近すぎて気付かない宝の一つ」と述べている。だから、茶畑の景観を「地域資源として生かさない手はない」と結んでいる。賛成だ。

   地方紙の地方欄コラムを読んで、世界遺産に言う文化的景観の具体像を知った。これが、地方紙の地方面を読む楽しみなのである。2009.04.17

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最高裁判決を読む 「疑わしきは裁判官の利益に」再考

  最後の最後で、最高裁は、冤罪を出してはならないという強い意志で、その良識を示したと言える。というのは、大学教授被告に痴漢逆転無罪の判決を最高裁は原審に差し戻さず、上告理由は見あたらないとしながらも、職権で自ら調査して無罪を言い渡したからであり、この点は特筆に値する。下級審ではなかなかできない「疑わしきは被告人の利益に」の原則を、最後の砦の最高裁は堅持した格好の判決であり、今後の痴漢犯罪捜査に大きな影響を与えるだろう。

 早速、最高検は、捜査の在り方を検討すると表明している。ただ、この判決も、裁判官五人は、多数意見三と反対意見二に分かれたというから、きわどい判決となったことは、判決自体は画期的ではなるが、これが定着するかどうか、これからの下級審の判決の様子を見極める必要はあろう。多数意見でも、犯罪が存在しなかったとまでは言っていない。多数意見の判決が言っているのは、これだけでは、真偽不明であるということなのだ。だから、「疑わしきは、云々で」で無罪としたのである。

 要するに、この種の犯罪のポイントは、

 痴漢された女性の供述の信用性

をどう見極めるかに掛かっている。今回は、途中で駅に下車して逃げる機会があったのに、再び、被告人の乗る車両に戻り、そばに来たという点が「いささか不自然」となって、唯一の証拠である供述の信用性に疑問がついたというわけだ。

 ただ、最高裁が痴漢事件に断を下したのは初めてである。しかも、差し戻さず、自ら真偽不明と考えるほかはないとして「無罪」を言い渡したことは、最高裁の最終審としての役割を果たしたと言えよう。

 そこで、教訓となる多数意見の近藤崇晴裁判官の補足意見要旨を抜き出してみる(4月15日付静岡新聞)。

 「被害者の供述するところはたやすく、これを信用し、被告人の供述するところは頭から疑ってかかるというようなことがないよう、厳に自戒する必要がある」

 先入観のない捜査、公判審理が求められるというわけだ。静岡新聞社説でも指摘されているところだが、判決のこの一節は重い。これは裁判官だけの自戒ではなく、検察、警察、さらには、被告人を弁護する立場の弁護人についてすら自戒すべきことであろう。2002年、富山県氷見市で起きた婦女暴行冤罪富山地裁判決(自暴自棄になった被告人は当初からの否認をあきらめ、痴漢を認め、その結果、有罪で服役。服役後、真犯人が別件で見つかり、やり直し裁判(再審)で検察側が『無罪』を求刑して、ようやく、無罪が最近確定した)では、弁護人すら被告人が痴漢をしたにちがいないと考えていた節があるという。

 このときも、今回も、唯一の物的証拠である下着の繊維が被疑者の両手についているかどうかのDNA鑑定結果が、証拠取りは行われたにもかかわらず、検察側からその結果も含めて証拠として提出されることはなかった。現在の刑事訴訟法では、提出するかどうか、それは検察側の判断に任されている。検察側にとって不利な証拠は積極的には、つまり、弁護側から請求があり、かつ、裁判所が認めない限り、公判に提出する義務がない。この検察側の便宜主義が冤罪を生むひとつの仕組みとなっている。2009.04.17 

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ダーウィンもびっくり イグアナが手で窓開けて逃亡

  出勤前のひととき、時計替わりに平日朝、「みのもんたの朝ズバッ!」(TBS:系=SBSテレビ)を見ている。天気予報と新聞拾い読みが楽しみなのだが、4月16日の番組を見て、びっくりした。神奈川県厚木市の比較的に若い男性が自宅部屋で飼っていたイグアナが、なんと、自分の手(前足)で窓を開けて、逃走したというのだ。これにはびっくりした。何がかというと、両生類が、窓の(ガラス)戸を、前足で右から左に水平に動かして、窓を開けたということを飼い主の男性が(おそらく見ていたのであろう)、その様子をカメラの前で自分の手でやってみせたのである。その具体性から判断して、イグアナが前足で窓を開けたのは事実であろう。それも、偶然開いたというのではなく、意図的に窓を開けたと考えられる。ちなみに、このイグアナの名前は「ミドリ」。なるほど体全体は薄緑色をしている。映像の持つ迫力である。新聞の活字ではこの迫力は出せない。

 とすれば、両生類のイグアナの知能は相当なものである。人やサルなどを除けば、より進化している哺乳類でも、こんなことはできないのではないか。かの進化論のダーウィンが見たら、卒倒したであろう。知能の高さは人間のような大きな大脳があるかどうか、とは無縁ではないか。

 おそらくペットとして飼っていたのだろうが、進化論の観点から、動物が道具を使う様子がないかどうか、いろいろなペットについて間近に観察すると、意外なペットの行動が見えてくるように思う。人間だけが知能を持っている、人間だけが道具を使うと不遜なことを考えていたら、大間違いだとなる。2009.04.16

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言うは易く行うは難し P.クルーグマンの懺悔

 言うは易く行うは難し、とはよく言ったものだ。昨秋、ノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大教授のP.クルーグマン氏のような人でも、専門分野で、90年代の「失われた10年」に対する日本批判をしたことを「謝らなければならない」と反省の弁を表明している。4月15日付読売新聞朝刊の囲み記事によると、デフレ不況時に日本政府や日本銀行の対応を批判したのは間違いだったと謝罪した。

 静岡新聞社のインタビューでも、日銀のゼロ金利政策+金融の量的緩和政策に対して、「円安誘導の調整インフレにより、景気回復を図る以外に道はない」と断言し、日銀や小泉政権の経済政策を批判していた(2001年7月17日付静岡新聞)

 「クルーグマン教授は90年代後半、日銀にインフレ目標を設け、徹底的な金融緩和を促す論陣を張るなど、日本批判の急先鋒だった」。ところが、今回、「似たような境遇に直面すると、私たちも(私たちが以前日本を批判したのと)同じ政策をとっている」と述べたという。それどころか「失業率で見ると、失われた10年を経験した日本より、米国のほうか゛むしろ悪化している」と分析。ノーベル経済学賞受賞者と言えども、今回の経済危機の克服が予想した以上に難しいことを認めた格好だ。

 こんな反省の弁を聞かされると、経済学から導かれる結論が、実物経済や経済政策といかにずれているか、さらには、役に立たないか、不信感が募るばかりだ。経済学が経済学的な思考法を磨くには役立つが、それが直ちに、実際の経済政策の処方せんとはなり得ないということだろう。この理由は、経済学の結論にはさまざまな前提が置かれており、これが現実的ではないことによるのだろう。

 とすれば、経済学という学問が、ほかの例えば物理学のような学問と肩を並べるレベルにまで高度に予測可能となるためには、現実の経済について、経済学者がもっと学ばなければならないということになる。よく言われることだが、物理学も経済学も高度な数学を駆使するという点では同じである。ただ、物理学では、導かれた結論が自然界の動きと会わない場合、仮定や前提が正しいかどうか、自然に対する洞察力を働かせて、チェックされる。数学的に正しくても、それだけで自然界にも同様なことが起きているとは限らないのだ。経済学でも、経済社会に対する洞察力を働かせて、前提とした仮定が現実社会において正しいかどうか、チェックする洞察力がまだまだ足りないということであろう。経済学は数学ではない。数学的にあり得ても、それが実際の経済でも起きているとは限らないのである。人間社会をもっと観察することが経済学者に求められる。

 最近では、経済物理学という学問が登場しつつあり、株式市場の暴落についても事前に物理学の法則を応用して予測できるのではないかという注目される結論も得られている。しかし、これとても、人間観察を怠って、すべての人が経済的に合理的な行動をするということをあくまでも前提にしているようでは、学問としては自立できない、あるいは一人前とは言えない。

 数学のゲームの理論や人間性善説を仮定しているようでは、経済学はいつまでたっても現実の経済をとらえることはできないだろう。経済学者よ、もっと人間社会の観察を。物理学者が自然界に対して観察するように。 2009.04.15

 ちなみに、クルーグマン氏のノーベル賞受賞の業績は「貿易パターンと経済活動の立地の分析」。簡単に言うと、自由貿易とグローバリゼーションが世界貿易に与える影響を明らかにし、なぜ世界的に都市化が進展するのかを説明した業績が評価されたと言われている。

 

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ある政治コラムニストの結論  「腹を括っている」

 私が、まだ駆けだしのころ、すごい政治記者だと感心したのが、田中角栄元首相と三木武夫との死闘、暗闘を心理にまで踏み込んでドキュメントした名著『政変』を毎日新聞編集委員としてまとめた岩見隆夫氏である。その彼が、いまは肩書もない「岩見隆夫」として、政治コラム「近聞遠見」を毎週土曜日に毎日新聞に書いている。随分と長い間書きつづっている。その岩見氏が4月11日付毎日新聞に

「辞任の腹を括っている」

と題して、小沢一郎民主党代表の「心境もの」を書いている。その理由は「政権交代の流れは確実に熟した。小沢の進退にかかわりなく、ゴールに行きつくに違いない」という見立てである。『政変』以来、政局に強い岩見氏のことである。これが当たるかどうか、半年以内にはわかる。小沢の今の心境はこれだろう。小沢氏もこのコラムを読んだだろうから、小沢氏に直接聞いてみたい気もするが、当たっているだろう。

 ここが、取材好きではあるが、からっきし政局が読めない、あるいは外してばかりいる元共同通信編集局長で現在民放キャスターとの違いである。

 岩見氏のホームページは

 http://mainichi.jp/select/seiji/iwami/

 これからは、ホームページをチェックするのが、いいだろう。そうふんだ。

 もう一つの秒読みに入った辞任、それは、静岡県の石川嘉延知事。こちらは、「心境もの」とはほど遠い。いわく「立ち木を取り除き、測量で(完全運用に)問題がないことを確認したとき、辞表を提出する」と味も素っ気もない。立ち木伐採は5月の大型連休後のようだから、これから「計算」すると、辞表提出は6月と弾き出される。任期満了の1カ月前である。それでも、この辞任は、大井寿生さんという一県民の要求に対して、知事側が駆け引きの末、にっちもさっちも行かなくなり、ウンと承諾した前代未聞の辞任劇ではある。2009.04.14

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「レッドクリフ 後編」  古代中国版「スターウォーズ」

 久しぶりに、壮大な歴史スペクタクルを見たという満足感を味わった。これがシルバー料金(1000円、通常1800円)というのは安い。この香港映画の諸葛孔明役に金城武が準主演役として好演しているのが、頼もしかった。日本ではつくれない映画というのが、見終わった後の感想だ。

 天子から命を受けた丞相の曹操が、蜀の劉備の軍師、諸葛孔明と、呉・孫権の司令官、周喩(しゅうゆ=トニー・レオンが主演)の連合軍と、長江中流の「赤壁」で一大決戦を行う(208年)。結果として、曹操軍が大敗するというものである。このあと、中国の歴史は三国時代にはいる。これを統一したのが「晋」である(280年)。赤壁の戦い後の三国時代は、日本で言えば、邪馬台国の時代。魏志倭人伝の時代とも言える。

 当然だが、歴史的な事実は最低限踏まえてはいるが、もちろん、大部分はフィクションである。例えば、さまざまな戦法が次々とくりだされてきて、観客を飽きさせない面白さがあった。また、「天候を制する者が戦いを制する」という孔明の智略が、こんなことが実際にあったのかどうかは別にして、光っていた。孔明の存在と、美貌の小喬(しょうしょう=リン・チーリン)が殺伐とした「勝者なき」大量殺人の映画を人間らしい物語に引き戻す役割を果たしているのが印象的であった。小喬が丞相にもてなす。決戦直前の一服の飲茶というわずかな時間の間に天候(風向き)が変わるときと重なり、戦いの勝敗が逆転し、兵力では決定的に劣勢な連合軍に勝利をもたらすという設定も、面白い演出だ。

 「スターウォーズ」とはまた違った、人間味のある劇場映画らしい映画であった。あるいは、こう言ったほうがいいのかもしれない。古代中国版「スターウォーズ」。それが、前編、後編を見た感想だ。 2009.04.14

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ああ 団塊の妻たちよ 夫の一分

 村田喜代子の小説『あなたと共に逝きましょう』という妻もいれば、こんな妻もいるということに驚かされた。博報堂の団塊夫婦調査(4月13日付朝日新聞夕刊、全国の58-62歳を対象にしたネット調査)。記事にこう出ていた。

 「団塊世代の妻の多くが『結婚当初に比べてがっかりさせられた経験』を持ち、夫に謝ってほしいと思っている。」

 「がっかりさせられた経験」を持つ女性が79%であるのに対し、男性は61%。「相手に謝ってほしいと思う」人は、妻が27%であったのに対し、夫は8%。調査した博報堂エルダービジネス推進室では「妻は、働いて外ばかりみてきた夫に不満があるようだ」と分析している。

 果たしてこの分析が正しいのかどうか、団塊の世代の私にもわからない。はっきり言えば、数字を見る限り、私の歩んだ道を思い浮かべると、ほかの世代に比べて、競争の激しかった団塊世代の夫は、妻にも家庭にも最初から期待していなかったということだと考える。だから謝ってほしいとも思っていない。この言い方は、女性に対して、妻に対して、大変に厳しい言い方かもしれない。

 武士、いや、団塊世代夫の一分である。2009.04.14

 

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ああ 団塊の男たちよ 美酒をもって生涯を送る

 団塊世代の精神科医、遠山高史さんの、ちょっと変わったコラムに「不養生のすすめ」(ビジネスマン情報誌『選択』がある。連載142回は「ああ 団塊の男たちよ」(2003年12月号)。うつ病で通院してくる、これまた団塊世代の患者の話を書いている。定年まであと五年だが、もう会社を辞めたいという。コラムが載ってから五年がたつから、今はその商社マンの患者も定年だろう。果たしてその後どうなっただろうか。ほとんどの団塊の世代が好きな映画に

「カサブランカ」

がある。イングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガードが主演している。団塊世代の私もこの映画が好きで、ビデオまで持っている。なんといっても、ラストシーンがいい。

 ボガード(酒場のマスター、リック役)がバーグマンとの雨降る夜の空港で

「僕にはパリの思い出がある」

と言って、バーグマンを夫とともに亡命国アメリカに飛び立たせる。このシーンのためにこの映画はつくられたといってもいいだろう。バーに流れる思い出の曲、As Times Goes By(時の過ぎ行くままに)も団塊の世代にはたまらない曲だ。そのほか、バーでのこんなやり取りもしびれる。

 女「昨日はどこにいたの ?」

 男「そんな遠い昔のことは忘れた」

 女「じゃ、明日はどこに行くの ?」

 男「さあ、そんな遠い先のことはわからない」

 夜のバー・カウンターでの男と女のやりとりだ。遠山さんは、「団塊世代の男たちよ、いたずらに老後を考えるな。残る人生、のびのび浪漫的自由に生きてみようではないか」と結んでいる。言ってみれば、このせりふをはいた男の生き方だ。賛成である。

 賛成だが、実人生となると、先のテレビドラマ『駅路』ではないが、あるいは、最近読んだ芥川賞作家、村田喜代子の『あなたと共に逝きましょう』(朝日新聞出版)ではないが、そうそううまく行かない。『駅路』では悲劇が待っていた。『あなた-』では、帯にもあるよう「老い方の下手な団塊世代の共働きの夫婦を襲った、夫の動脈瘤破裂の危機」で右往左往となり、一向に心が休まらない。本人だけでなく、介護する妻もうつ病になりそうだというストーリー。とても不養生でのんびりととは逝かない。

 人間それぞれ理由(わけ)ありの道歩んでいる 椿魚

 私にとって、人生のびのびと、とは、ある程度の不養生を楽しみながら、健康で、美酒をもって生涯を送れたらなあ、ということぐらいかもしれない。そんなことを考えさせてくれた最新長編小説『あなたと共に逝きましょう』だった。2009.04.12

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浜松の街を歩けば 賀茂真淵

 今ごろの季節に詠んだものであろう。江戸時代の元禄のころの国学者、賀茂真淵の歌がある。

 うらうらと のどけき春の 心より にほひいでたる 山さくら花

                                                    (浜松市東区笠井、法永寺)

浜松市民にもっとも親しまれている真淵の和歌だという。わが町散歩で、近くの賀茂真淵記念館(浜松市中区東伊場町)を訪ねてみた。急な坂道を登りきると、真淵を祭神とする「縣社 縣居(あがたい)神社」の隣に記念館はあった。天気のよい土曜日の昼下がりであったが、来館者はひとりもいなかった。静かな環境で、この人物の人となりや業績をゆっくり楽しんだ。記念館を訪ねる前に、真淵の家業というか、神職だった父親の職場、賀茂神社に参拝した。真淵の生誕地も記念館への急な上り坂の入り口にあった。こう考えるとは、わがマンションの近くは、近世国学者の古典研究のセンターであったのだ。真淵は当時、最先端の学問であった漢学、儒教に対して、大和本来の文化を大切にしようと研究したのだ。それには、真淵家が神職の家柄であったという事情があろう。ただ、三男坊であったことから、現在の浜松中心街の「ザザシティ」の交差点にあった6本陣のひとつ「梅屋本陣」の婿養子となり、商売の傍ら、国学研究を続けたのであろう。本陣とは、大名、公家などが宿泊する江戸時代の高級旅館のことである。現在、交差点に梅屋本陣跡の石碑が建っている。

 真淵の代表的な著作は、万葉集の枕詞の辞書「冠辞考」、「万葉考」づくりであろう。

 ちょっと、驚いたのは浜松市の市歌(森林太郎 作歌  真淵の弟子の本居宣長の子孫で、戦前の作曲家の本居長世 作曲)である。林太郎と言えば、明治の文豪、森鴎外である。なかなかの大物ぞろいでつくられたである。このことをどのくらいの市民が知っているのであろうか、心もとない。「大宮人の 旅衣」で始まるこの市歌のなかに

 翁(おきな)をしのべ 書(ふみ)よまば

の「翁」は、賀茂真淵のことであるという。真淵と本居宣長との出会いは、三重県松坂での一夜なのである。いわゆる「鈴の屋の一夜」(1763年)であり、少し大げさに言えば、歴史的な出会いと言うべきかも知れない。これにより、両者は生涯の師弟関係を結ぶことになる。それだけでなく、真淵の思想、研究が本居宣長が育てた多数の弟子たちによって幕末、明治にまで受け継がれたという点で、この出会いはきわめて重要な一夜であったと思う。今でも和魂洋才という言い方があるが、この「和」という考え方を自覚的に日本人に意識させたのは、真淵の思想なのである。この一夜から6年後に真淵はこの世を去ることになるのだから、真淵の学問が完成に近づき、また、そろそろ死を覚悟しなければならないとき、学問好きの若き本居宣長と運命の出会いが実現するのである。真淵にとっても、宣長にとっても生涯の中でもっとも幸運な機会となったように感じた。

 本居宣長は、よく知られているように、その主著

 『古事記伝』

で知られる。『古事記』の注釈書であるが、宣長は、古事記の内容はすべて真実としているが、それはともかく、近代日本の古事記研究の出発点として、今日まで続いてるのである。宣長は、『古事記伝』の完成の感慨として

 古事のふみをらよめば いにしへの てぶりこととひ 聞見るごとし

と綴っている。

 それから200年後、最近でも、評論家、小林秀雄が、文字通りの畢生の大作となった『本居宣長』(新潮社、1977年)を完成させている。晩年、十数年の歳月をかけた著作で、完成後まもなく、この世を去った。文字通り、畢生の書だった。その出発点となったのが、浜松の賀茂真淵だったのである。2009.04.12

 

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駅路 テレビはやっぱりいいドラマが勝負

 フジテレビ系のドラマ「駅路」(えきろ、テレビ静岡)を見た。平凡で長い人生を歩き、まじめで地味な男が定年を迎える。そんな人生の終点に近い駅路に到着したとき、これまで耐え忍んできた生活はもう、このへんで勘弁してほしい、解放してほしいと思い、定年後の生活を愛人と過ごそうとして妻にも知らさず、定年後のある日、黙って家を出る。その後の男の悲劇的な結末を描いたものである。原作は松本清張のごく短い短編で、脚本は向田邦子。原作は男の視点で書かれており、社会派推理作家らしいストーリーだが、テレビドラマは、さすがに向田邦子である。女性の心情を余すことなく、切なくも、哀れに、しかも、情感豊かに仕上げている。

 その秀逸のシーンがラスト。殺された男とともに近くの湖に沈んだボストンバックから、男と愛人の「愛の日々」を写した何枚もの写真が湖面にひらひらと浮かび上がってくるシーンだ。このワンシーンだけで、家出した男の愛人に対する愛情が視聴者に痛いほど伝わってくる。新聞では、こういうシーンは絶対に表現できない。テレビ映像だけができる。

 このシーンを見て、フランス映画「死刑台のエレベーター」のラストシーンを思い出した。主演のジャンヌ・モローが、写真フイルムを現像する暗室の中で、愛する男と自分が幸せそうに片寄せあっている映像が印画紙に少しずつ浮かび上がってくるのを見て、「私にもこんな幸せな日々があったのね」と言って、警察に逮捕される場面がある。映像が浮かび上がれば逮捕されることがわかっていても、それでも、幸せの日々の写真を捨てることはできなかった悲しい女の性が痛いほど伝わってきた。

 家出された男の妻(十朱幸代)の悲しみも良く出ていた。自分のこれまでの人生とは何だったんだろうということをしみじみと感じさせる好演であったように思う。庭で夫の好きなゴーギャンの絵を焼き捨てるときの妻の表情には人生の悲哀を炎の中に映し出されていて印象に残る場面であった。

 駅路とは、わが家への道という意味の「家路」の逆、家出のことだ。人生に区切りをつける家出のことである。

 捜査担当刑事(役所広司)が定年1年前という設定になっており、定年直後失踪し、家出した男の気持ちに共感しながらドラマが進行する。後半は、原作にはほとんど触れられていなかった女性の切ない愛に対する心情がよく伝わってきた。この出来上がりなら、天国か、地獄にいるかは知らないが゛、松本清張も向田邦子も満足していることだろう。

 演出のうまさが光ったドラマであった。役者を得たということもあったであろう。  2009.04.11

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「もうけすぎ」で経営トップ辞任 日本漢字能力検定協会

 木の上に立って見るのが「親」。「親」という漢字を分解してみると、そうなる。なるほど、目先のことにこだわって子どもを教育してはいけない、広い視野で子どもは育てるべきだということだろう。言い得て、妙である。漢字はすごい。そう思っていたら、日本漢字能力検定協会の理事長が、「もうけすぎ」で辞任に追い込まれた。もっとも、協会は財団法人であり、極端な営利に走ってはならないことになっている公益法人であるから、わからないわけではない。

 しかし、昨今、大赤字の決算の責任を取って、辞任する経営トップが相次いでいる中で、「もうけすぎだから、辞任せよ」というのは、やっぱり、すっきりしない。理事長が親族の経営する会社に業務委託をしていたという不明朗さはあるものの、あまりにも財団法人の運営に対してあまりに杓子定規ではないか。「もうけなくていい」ということを盾にして、あるいは口実にして、やる気のない経営、やる気のない財団職員のなんと多いことか。収益(とは公益法人会計では言わないが)を、財団の目的をより充実して達成する活動に振り向け、社会に還元するのも、財団として立派な選択肢の一つであると考えたい。

 ところで、こんなに「収益」が出たのには、この検定が、大学や高校での入学評価や単位認定に利用されているという事情がある。だから、当初は十万人ぐらいの受検者だったのが、20年たった最近では250万人以上にもふくれあがったのだろう。今回の騒ぎがなければ、300万人超えも予想されていたという。

 こんなことを考えると、受験生数がせいぜい4000人前後と、赤字にならないよう受験生集めに苦労している「金沢検定」の関係者(私もかつてその一角にいた)にとっては、うらやましいかぎりの辞任騒動だ。2009.04.10

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和をもって尊しとなす 小中学校のトイレ考

 たまにはスポーツ紙を読んでみるものだ、ということを思い知らされた。4月10日付「スポーツニッポン」紙だ。エッセイストの吉永みち子さんが「言わぬ損より言った損」に「『和式』トイレで踏ん張らなくても」という愉快なコラムを書いている。実に鋭い。今や世の中、家庭はもちろん、公共施設でも、洋式トイレがほとんどである。なのに、なぜか、公立小中学は依然として和式中心なのだ。具体的な数字を挙げていて説得力がある。

 吉永さんによると、五年以内に新築・改築した、まだ新しい公立小中学校のトイレでも、和式中心か、和洋式が半々なのが65%、3校に2校。洋式中心は35%だという(新築・改築から五年以上立っている場合は、92%が和式中心)。これに対し、世間では、2006年現在の調査で、97%の家庭や公共施設が洋式トイレ。

 これだけ世間には、今、洋式トイレが普及しているのに、学校では、五年以内に新築・改築した公立小中学では、いまだに和式トイレ中心なのはなぜか、というわけだ。世間並みなら、最近新築・改築した学校は、ほとんどが洋式トイレであってもおかしくない。それがなぜ、3校に1校しかない。このずれから、新入学の小学一年生や新園児たちのほとんどが、家では洋式トイレしか使っていないので、和式トイレの使い方が分からず、先生方が児童・園児に使い方を教えるのに、今、てんやわんやなのだそうだ。ほとんどの若い先生たちだって家庭では、洋式トイレを使っているはずなので、使い方を教えられない若い先生もいると考えられるから大変だ。洋式と和式では、座り方も違うが、もっと違うのは、ドアに向かって座るか、和式のようにドアを背にしてしゃがむか、これなど心理的にも最初はとまどうのではないか。吉永さんも、そんな戸惑いを「想像を絶することだった」と書いている。

 こんなところにも、学校というところは、変化を嫌う、保守的なところ

というイメージを裏付ける事例があるというわけだ。

 いや、なに、聖徳太子ではないが、「和式をもって尊しとなす」という伝統的な和の精神

をトイレに持ち込んだだけという見方もできる。食事もいすの腰掛け式であり、トイレも腰掛け式の水洗トイレに違いない児童・園児もきっと、学校のトイレでまず、カルチャーショックを受けていることだろう。スポーツ紙のおかげで、教育現場のてんやわんやを知ったり、学校というところは、いまだにどういうところかということを、意外な視点から改めて教えてくれたりした一日だった。2009.04.10

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100年に1度の「静かな太陽」 

 地球上が100年に1度、100年に1度と、ばかの一つ覚えのように騒いでいるからだろうか、太陽も100年に1度の「静かな太陽」となっている。4月9日付静岡新聞夕刊によると、NASAの発表として、太陽活動の目安となる黒点活動が今年に入って全く見えない日が非常に多くなっているという。黒点数の増減は11年周期で繰り返すことが分かっているが、今年は「極小期」に入っている。黒点の見えない日の割合は、今年に入って88%(昨年一年間を通して73%)。これは、これまでの極小期の中でも、最も黒点数が少なかった1913年(85%)を上回っている。

 このせいか、衛星観測データによると、11年前の前回の極小期に比べて、可視光の量がわずかに減少、紫外線域では6%も減少している。太陽風の強さもこの50年間で最低水準であるという。これが、「地球の寒冷化」の予兆かもしれないとの議論があるのが気に掛かる。地球はすでに今から12000年前から寒冷化が、南極やグリーンランドの氷の分析から、始まっていることが分かっている。その上にこの数十年、人為的かどうかは別にして、二酸化炭素の増加で温暖化も加わってきていること自体は事実だ。今回の100年に1度の「静かな太陽」は、単純に一方向に進むという意味での寒冷化の予兆というよりも、むしろ、地球の異常気象化にますます拍車がかかるのではないか。

 地球温暖化で、毎年、少しずつ気温が上がっていき、ついに今世紀末には5度前後も上昇するという単純なモデルは、あまりに単純化しすぎたモデルではないか。そんなことを考えさせる記事である。 2009.04.09

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日本国憲法9条の源流 パリ不戦条約と国連憲章と-

 まもなく憲法記念日がやってくるが、いまさら、日本国憲法第九条の源流はどこか、という問題を論ずるのは、あまりにのんきだと叱られるかも知れない。しかし、それでは具体的に九条はどこから来たか、と真正面から訊ねられると、すぐに答えられる人は少ないだろう。日本国憲法は、1946年11月に公布(発布は1947年5月)。

 結論を先に言えば、パリ不戦条約(1928年)と国連憲章(1945年6月)である。

 パリ不戦条約は、その第1条に「国家の政策の手段としての戦争を放棄する」となっており、また、日本の敗戦直前に制定された「国連憲章」にも「すべての加盟国は、武力による威嚇または武力の行使は慎まなければならない」(第2条)と定めている。国連憲章が戦争ではなく「武力」としたのは、日本がパリ不戦条約に加盟していたのに、シナ事変、満州事変だとして戦争という言い方をしなかったからだ。強弁で、戦争をどんどん拡大していったことに対する反省から、憲章づくりではそうした口実を封じるために武力による威嚇、武力の行使を禁止したのである。

 それでは、国家間の紛争を戦争によらないでどのように解決するのか、ということが問題になる。このことについて、パリ不戦条約は、何も触れていない。第一次大戦後に創設された国際連盟(1922年)の下に設置された国際司法機関、常設国際司法裁判所を想定していたのであろう。戦後は、これが国際司法裁判所に衣替えした。オランダのハーグにある平和宮に設置されている。ただし、これが有効に機能するには、紛争解決を訴え出た国に対して、訴えられた相手国が必ず受けて立つ「応訴主義」が徹底していることが不可欠だ。しかし、これは、応訴するかどうかは、不戦条約では訴えられた国の判断に委ねられた。戦後の国際司法裁判所の場合も、応訴するかどうかの判断は従来通り、訴えられた相手国の判断に委ねられている。

 この戦前の常設国際司法裁判所の所長に、国際法が専門の日本人の安達峰一郎が1931年=昭和5年に選ばれていることは、日本国憲法を考える場合、忘れてはならないだろう。「国際法の良心」とまで評価された安達だが、現職所長のまま亡くなったのは惜しい。戦争への道を突き進む時代にあって、日本にもこんな国際感覚を持った人物がいたことを、もう少し国民は知ってもいい。山形県山辺町出身。2009.04.09

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夜桜 自分が酔った文章削って芥川賞『螢川』

 私と同じ団塊の世代の芥川賞作家、宮本輝さんが、4月6日付朝日新聞夕刊1面インタビュー「人生の贈りもの」に出ている。大阪で記者生活を始めたばかりのころ、一度だけお宅にうかがったことがある。受賞後第一作をただちに書くという慣例で書いた短編「夜桜」をどのよう仕上げたのか、夕刊紙にその様子を掲載するための取材だった。すでに芥川賞を取って五、六年ぐらい経っていて、当時、私はまだ駆けだしの貧乏夕刊紙記者だった。それでも同じ団塊世代ということで、面白い話を書斎でしていただいた。

 この朝日新聞夕刊で初めて知ったのだが、自分が名文であるとして酔った冒頭の文章一枚分を削って芥川賞『螢川』につなげたという。名文を書こうと酔った文章を削れと指導したのは、池上義一さんという同人誌主宰者だった。最初は反発したが、よくよく考えると、その通りであると気付いて、それから、「自分が気持ちよく書いている文章を取っていったのが、『螢川』」だったという。

 私が取材したのは、受賞第一作の『夜桜』の創作の様子だった。締め切りがどんどん迫ってくるのに全く書けなかったという。締め切りはとっくに過ぎている。編集者には大部分もう書き上がっている、最後の一行が決まらないと安心させるためウソををつく。しかし、一枚も書いていない。追い詰められて、夜の外をふとみると、夜桜が目に入り、そこから、イメージが広がり、一気に八十枚の原稿を書き上げたという。夜半過ぎから夜が明けるころには仕上がったということだった。削って削ってじっくり一年以上もの時間を掛けて仕上げた『螢川』。一方、受賞第一作は、追い詰められ、一晩で、それも夜半過ぎからイメージだけで仕上げた『夜桜』。いずれも私の好きな短編小説である。

 今でも、日本画家、浜田泰介画伯の「醍醐夜桜」の絵とともに、この対照的な二冊は本箱にならんで、ときどきヒマなとき、悩みごとを思案しているとき、当時を思い出しながら読んでいる。2009.04.08

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大は小を兼ねない ノドンとテポドン

 大は小を兼ねる。たいていの人は、このことわざがたいていの場合、当てはまると思っているだろう。しかし、そうでもないのだ。

 北朝鮮のミサイルが、三段式ロケットで、その先端に人工衛星か、核弾頭を格納したカプセルが乗る型であることが、北朝鮮が公開した今回の発射動画で分かった。テポドン2号である。まだ、開発段階の試射だが、射程距離は、うまく成功すれば、いったん大気圏外に出て、再び重力で引き戻されて地上に戻ってくる。その地上距離は約6000キロと言われている。据え付け型で発射のたびに移動するのは大きくて難しい。もちろん、日本をはじめ米国本土の一部、アラスカなどが射程内となる。改良型テポドン2号なら約40メートルの長さ。到達距離は約10000キロの大型。日本のHIIロケットより少し小さい程度。

 これに対し、一段式ロケット+カプセルというのがノドンで到達距離は1300キロ。これも高度はそう高くないが、いったん大気圏外に出て投げ出されたボールのように放物線、正確には楕円の弧を描いて大気圏に再突入してくる。日本全土がすっぽり到達距離に入る。これはすでに北朝鮮全土に数百基配備済みという。移動しながら発射も可能というから探知はより、難しい。長さは約20メートルと小型。

 今回話題になった長距離用のテポドン2号だが、日本にとって、本当の脅威は、テポドンではなく、ノドンであることはきちんと理解しておかなければならない。三段式ロケットのテポドン2号では、日本を攻撃することはできないのである。できるのは、比較的に短距離のノドンである。つまり、テポドンでは、その構造上、北朝鮮から近すぎて、日本列島はるか上空を飛びこえて大気圏外に飛び出してしまい、大気圏再突入して地上に戻って来たとしても太平洋上はるか東になってしまう。だから、アメリカにとって脅威なのはこのテポドンであり、日本の脅威はノドンなのだ。ロケットの場合、つまり、ミサイルに関する限り

 大は小を兼ねない

のだ。弾道がほぼ直線に進むピストルや大砲では、射程距離が長いものほど高性能で、近くから狙われる人も、遠くにいる人にとっても等しく、誰にとっても脅威だ。これに対し、放物線(正確には楕円の一部、弧)を描いて、相手方に届くミサイルは、大きければ大きいほど脅威というわけではないのだ。

 ニュースではこうしたことは言わないから、注意しなければならないだろう。その意味で、射程距離という言い方は正しくない。到達距離というのがまだ正しい。射程距離というのはピストルや大砲、ライフルの場合の言い方をそのまま借用した言い方で、ミサイルの場合に転用するのは分かりやすいが、射程距離内ならすべて破壊可能という印象を与える点で、誤解を招きやすく、正しくないというべきであろう。

 正しい言い方は、短距離型ミサイル=ノドン、中距離型ミサイル=テポドン2号、長距離型ミサイル=改良型テポドン2号、あるいは大陸間弾道弾(ICBM)という言い方が正しい。日本にとっての脅威は、短距離型ミサイルである。つまり、ノドンだ。もし、コントロール精度が高いならば、という前提があるが。それでも、数百発あるとなれば、下手な鉄砲、いや、いややめておこう。 2009.04.08

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山本一力さんのこと 春の新聞週間に寄せて

 直木賞作家の山本一力さんは、ある事情から高知県から東京に母親とともに引っ越ししてきた。中学生、高校生のころで、住み込みの新聞配達を高校卒業まで四年間やりとげた。「東京の真冬、氷雨の中を新聞配達をするのは、本当につらかった。走って配達しても、体は温まらないのだ。それを気力で四年間やり遂げた。これがその後の私の人生に大いに役立った」と語ったことがある(2007年3月放送の金沢ケーブルテレビ番組「この人に聞く」)。南国生まれの山本さんだから、余計つらかったであろう。それでもくじけなかった。だからこそ、つらくてもやり抜く気力が身についたのだろう。

 長じて、小さな制作会社を経営することになったが、事業に失敗。億単位の借金だけが残った。これを小説を書くことで返済することを決意する。懸賞小説に投稿しても、なかなか入選せず、落選続きだった。ここで、新聞配達で培った「やり抜く気力」を山本さんは発揮する。莫大な借金を抱えて、落ちても落ちても、入選するまで、書いて書いて書きまくった。入選するまで書く覚悟。そして五年後、ようやくある新人賞を獲得した。それから五年、『あかね空』で直木賞を獲得することになる。二冊目の単行本での受賞であった。

 山本さんの哲学は「人生はセールス」「物を売るということは、自分を売り込むこと」だという。そういえば、山本さんの書く小説には、『あかね雲』(文藝春秋社)にしろ、近著の『早刷り岩次郎』(朝日新聞出版)にしろ、江戸時代を舞台にした経済小説が多い。これにはこうした人生哲学と関連がありそうだ。

 山本さんは、私と同じ年だが、三十本近い連載や注文を抱えている。小説を書く姿勢として、「アイデアはいくらでも出てくる。問題はそれを書く気力がわいてくるかどうかだ」と強調している。小説家になれるかどうかは、いいアイデアがわいてくるかどうかなどではない。やり抜く気力。その気力は若き日の新聞配達時代に培われたのだ。2009.04.07

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泰山鳴動して  結局、人工衛星の打ち上げ失敗か 

 結局、北朝鮮ミサイル打ち上げ騒動の結末は、人工衛星の打ち上げの失敗ということなのだろう。4月6日付読売新聞夕刊の米専門家の見方や、7日付読売新聞朝刊と7日付静岡新聞朝刊の日本政府の判断を総合すると、打ち上げられた軌道や飛翔体の先端部分の構造から、前米ミサイル防衛局長ら3専門家がともに「人工衛星の打ち上げが目的」という認識で一致した。それが二段目以降のブースターロケットの切り離しに失敗し、人工衛星を地球を回る軌道に乗せるのに必要な秒速8キロにまで速度を上げることができず、そのまま、地球の重力に引き戻されて、海上に落下したというのがどうやら真相のようだ。

 要するに、人工衛星の打ち上げに失敗

ということなのだ。日本政府も、「いかなる物体も軌道に乗っていない」との北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)の情報、自衛隊の独自情報の解析結果、「(軌道に乗った)衛星からの電波(470キロヘルツ)が届いている」とする北朝鮮の主張の未確認- などから「衛星確認せず」と、北朝鮮の主張を否定している。だから、もともと、地上に戻ってくるミサイルだったとまでは日本政府も主張できない。今回、成功すれば人工衛星として、大々的に宣伝できる。失敗して、海上に先端部分が落下しても、直ちにはミサイルとは断言できない。人工衛星の打ち上げ失敗かもしれないからだ。そのどちらかなのか、証拠をつかむためには、先端部分の中身を知る必要がある。しかし、失敗した場合、それは海底に沈んで証拠は完全に隠滅できる。北朝鮮としては、分別がつかなくても構わない。むしろ、そのほうが都合がいい。暗に弾道ミサイルとしても、ここまで開発が進んでいるのだぞ、と日本はじめ国際社会に脅す効果もあるからだ。そうふんだ節がある。そこが北朝鮮のずるいところだ。国内的には、人工衛星打ち上げ成功という「大本営発表」で祝勝ムードを盛り上げる材料にする。あとはどうにでもなる。

 そういうきわどい戦略だろうが、多くの国民が食うや食わずの苦しい生活を強いられている今このときに100億円以上もかけて人工衛星にしろ、ミサイルにしろ「打ち上げる」必要性がどこにあるのだろうか。そんな金があるなら、国民生活の向上に振り向ければ、よほど首領さまの権威が高まるのではないか。そう考えるのはある意味、豊かな日本に暮らすせいだろうか。 

 成功しても、しなくても打ち上げ騒動の最大の被害者は、北朝鮮の国民だ。 2009.04.07

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だから言ったじゃないか 成約率7.7%の衝撃/貸金業規制強化の陥穽

 その時は絶対に正しいと思って、世論の支持もあって早々と決めた経済規制も、よくよく考えてみれば、あるいは社会情勢が変われば、しなきょよかったとじくじたる思いになる改正法というのがある。業界にしてみれば「だから言ったじゃないか」と舌打ちするが、後の祭り。施行が来年6月に迫っていて、業界はすでに防衛策に走っている。そんな規制が3年前にできた貸金業規制強化だ。20%台の利息だが、無担保/審査も即日という便利な消費者金融だった。それが、来年6月までには20%台のいわゆるグレーゾーン金利が完全に禁止されて、借りる金額に応じて上限金利が15%から18%に制限される。これで、無担保で貸せというのだから、貸すほうも慎重にならざるを得ない。

どれくらい慎重になるか。貸し渋りについて業界も手探りだったが、業界大手のアイフルでも

 成約率7.7%(2008年12月)

という月次データが出た(4月6日付朝日新聞コラム「気流」吉原宏樹)。100人が申し込んでも、8人にしか貸し出さないというのだ。数年前までなら6割程度、リーマンショックによる金融危機の昨年9月までは4割程度の顧客に貸し出している。大手4社平均でも大同小異だ。その後は、改正貸金業法への対応、このところの大不況で業界自身の厳しい資金繰り、加えるに、三年前(2006年1月)の最高裁判決以来の過払い返還請求に対応した引当金積み増しなどで、3重苦で上記の数字にまで顧客を絞りに絞り込んでいるのだ。その結果、大手平均で貸付残高が1年間で15%も減ったという。

 吉原氏は「健全な借り手にも貸し手の都合で貸さないという典型的な「貸し渋り」が横行しているのは、銀行というより貸金業界なのだ」と指摘している。「いわば国策で業界は存亡の危機に立たされたが、味方は少ない。(一部の)悪質業者が業界をおとしめてきたからだ」。しかし、「信用力が低い層の資金需要に応える健全な業者の存在意義は、不況下でより高まる。政府の規制改革会議も昨年末、関連法の再改正を求めた」として、「規制強化の利点と欠点を検証してはどうか」と結んでいる。

  だから言ったじゃないか。業界の舌打ちが聞こえる。

今でこそ、吉原氏の主張はうなづける。しかし、2006年当時の社説は規制賛成一色だったことを忘れてはならない。業界の危ぶむ声はまじめには一考だにされず、無視されたのだ。当時の社説を参考のためにここに主見出しをつけて、書いておこう。まず、吉原氏の「気流」が載った朝日新聞から。

 朝日新聞社説(2006.12.25)= 多重債務対策/ 成功例に学びたい

 読売新聞社説(2006.9.17)= 貸金業法改正/ 多重債務者への入口をふさげ

 毎日新聞社説(2006.9.17) =  貸金業規制改善/ 灰色金利は納得できない

 静岡新聞社説(共同通信論説資料、2006.4.21) =  貸金業制度見直し/ 灰色金利で

                                                                    法改正急げ

  という具合なのだ。朝日の社説の冒頭には「業界などの抵抗をはねのけ、金利の上限は15-20%に引き下げた」と業界の言い分を批判し、改正法を評価した書き方になっている。

 毎日新聞はこの年2006年には、しつこいほどこの問題を社説で取り上げている。上記以外にも、その前後に、

 毎日新聞社説(2006.04.23)= 消費者金融規制/ 金利の引き下げは当然だ

 毎日新聞社説(2006.02.12)= グレーゾーン金利/ このまま放置できない

 毎日新聞社説(2006.09.08)=  貸金業規制/ この業界配慮は何なのだ

 こうして見てくると、規制強化を叫ぶ社説論調がいかに一面的であり、このため、信用力のない消費者はますます悪徳貸金業者に頼らざるを得なくなっている。当時から業界が指摘していたことだ。今、それが現実化しており、健全な借り手が食い物になっているといってもいいだろう。

 共同幻想というのは、かくも恐ろしい。みんなでたたけば恐くないとはよく言ったものだ。 2009.04.06

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利するばかりの「空騒ぎ」  東京支局長の目

 北朝鮮から飛んできたのが人工衛星だか、ミサイルだか知らない。しかし、各国から来た各紙の東京支局長は以下のごとく、冷静であったのには驚かされる。というか、これが世界の常識なのかも知れない。4月6日付朝日新聞朝刊に彼らの感想が小さく出ている。

 韓国紙「東亜日報」東京支局長=「予告後、まるで戦争が迫っているかのように伝えたメディアもあった。- 韓国に比べて日本は全体的に軍事的脅威に対する免疫がない」

 米紙「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長=「日本は騒ぎすぎだ。北朝鮮は(注目を集めようと)パフォーマンスをしているだけ。日本はそのパフォーマンスに負けた」

 日本はこの一週間、まんまと北朝鮮の作戦にはまりこんだ。北朝鮮に利するばかりの「大空騒ぎ」となった。結論。

 日本の政治家も、そして国民も、北に対してはもっと政治的鈍感力を。そうでないと、今後もまた、この手で北朝鮮に乗ぜられる。2009.04.06

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きらいな言葉  ふれあい考

 全国には二千近い自治体があるが、その自治体が管理する施設の中には「ふれあい」という文字を取り込んだものが相当ある。民間施設でも、イベント名にも至る処でこの言葉が氾濫している。私のきらいな言葉の筆頭格はこの「ふれあい」だ。単に手垢に汚れているからだけではない。そこに命名者の安易さと偽善のにおいがするからだ。これさえ付けておけば、だれも反対しないという安易さと、これさえ付けておけば正義の味方であるという安手の傲慢さが本人がそのつもりでなくとも、におってくる。その傲慢さをみんなにそっと、うむを言わさず押しつけてくる。「ふれあい」という言葉に反対しようものなら、なんと下等な人間なんだろうと決めつけられる。この言葉が世間にはやりだしたのは、もちろん、歌手であり俳優である中村雅俊さんの

 「悲しみに 出会うたび」

が出だしの「ふれあい」であろう。今から、35年も前の曲であり、詩である。私はこの曲の歌詞と曲は好きで、当時、京都で大学院生を送っていたから、よく口ずさんだのを覚えている。だが、タイトルの「ふれあい」には、その理由はよくわからなかったが、いかがわしさを当時から感じていた。ひねくれ者というわけではない。ごくごく普通の院生だった。

 その中村さんの長男で俳優の中村俊太さんが大麻取締法違反(所持)で逮捕された。雅俊さん自身「ふれあいトーク」というラジオ番組を持っている。父親の雅俊音楽事務所社長は、所属する息子を直ちに解雇したという。三十一歳にもなって何やってんだ、ということだろう。大麻所持など道を外した原因のひとつは、父親も母親(女優の五十嵐淳子)も忙しく、なかなか子ども達とゆっくり話す時間がなかったということらしい。つまり、

 ふれあい家族のふれあい不足

ということだろうか。理想の家族、理想の父親、理想の上司の調査では常に上位に入る中村雅俊さん。今回の事件を考えると、現実と、世間の見方の狭間で苦しんできたのかも知れない。

 中村雅俊さんは、団塊世代の私より、少しだけ若い。涙ながらに、息子を解雇した心中はよくわかる。あえて言えば、古い言い方だが、「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」という心境だろう。

 ふれあいの心に、このような厳しさがあったとは知らなかった。少しだけだが、きらいな「ふれあい」という言葉が好きになりそうだ。

  同時に、父たちは、そして、母たちは仕事に忙しいかもしれない。取り残されないためには、家庭を顧みるヒマはないかも知れない。しかし、亡くなった建築家、宮脇檀(ますみ)さんの『父たちよ家に帰れ』を思い出してほしい。これは、同じ世代の息子を持つ団塊世代の自戒である。2009.04.06

 

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映画「ウォッチメン」 真夜中の劇場で

 アメリカで制作されたこういう映画を日本人は、どの程度理解できるのだろうか、というのがこの今公開中の「ウォッチメン」を見終わった時の正直な印象である。深夜ということもあり、入場者も10人程度。予備知識なしで、たまには、小中学生は鑑賞禁止というR-15指定の映画もいいかな、という軽い気持ちで、期待もしないで見た。見たが、いつまでたっても筋書きが分からない。制作意図も分からない。やたら暴力シーン、流血シーンが出てくるだけで、退屈な映画だった。そのくせ、キューバ危機、ケネディ大統領暗殺事件、アフガン侵攻、ベトナム戦争の実写フイルムも挿入されている。かつて世界を震撼させた大事件の陰には何も知らない多くの人々を守るために監視者(ウォッチメン)がいたが、それが次々と殺されていくという、ごく大雑把なあらすじのあらすじしかわからない。

 そんな中で、分かるのが、この映画はいかにもスーパーマン好きのアメリカの映画だなあ、ということぐらいだ。宇宙船に乗って大活躍するスーパーマン=「ウォッチメン」という構図だ。スパイダーマン好きのアメリカ人の映画という印象も持った。火星までスーパーマンがテレポートするというのだから、ひっちゃかめっちゃかと言ってはザック・スナイダー監督に失礼か。女ヒーローが出てくるのは「バッドマン・リターン」を思い出す。また火星までのテレポートでは、私の好きな映画のひとつ「スターゲイト」にも似ていた。こんなことでは、原作者のアラン・ムーア氏にも非礼かもしれない。いくら20年前にアメリカでヒットした漫画であり、さまざまな賞も受けているといっても、分からないものは分からない。

 誰かが、言っていたが、日本で言えば、手塚治虫の「火の鳥」のようなものかもしれない。あの漫画をアメリカ人が理解するのは大変にむずかしいだろうと思う。

 映画は、その国の文化や歴史、物の見方がよく分かっていないとわからないものもあるということを思い知らされた深夜の映画鑑賞だった。2009.04.05

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天竜川下り  P.ローエル『能登』

 今日にも、北朝鮮が「人工衛星」としている弾道ミサイルが発射される午前8時、NHK番組「小さな旅 きらめく竜の背中で 静岡県・浜松」(4月5日放送)をのんびりと楽しんだ。騒々しい世の中、定年後の土日はフレームを変えて、日常生活を楽しむという習慣からだ。浜松に転居してきて半年、転職先のマスコミ会社にも落ち着いた。天竜川には興味を以前から持っていたから、楽しみにしていた番組である。というのも、今から、ちょうど120年前の1889年5月(明治22年)、火星人説を唱えて世界的な話題を呼んだパーシバル・ローエルが能登旅行の最後で天竜川下りをしている。日本ローエル協会運営委員をしている関係で、ローエルが体験した天竜川下りを一度はしてみたいと思っていたので、まずは番組で拝見したというわけだ。

 「あばれ天竜」と言われた天竜川の川下りの船頭は全部で15人。営業期間は3月20日から11月30日まで。船頭の中には、元競艇選手の永田孝さん(61歳)もいる。まだまだ「若手」らしい。川下りの場合、客を楽しませる案内役の舳先でこぐ「舳(へ)乗り」と、熟練を要する後方の「艫(とも)乗り」の二人が息を合わせて、客を楽しませる。いかに岸の岩場すれすれにたくみにこぎ寄せて客を楽しませるかが、艫乗りの腕の見せ所だという。

 50分の川下りのうちで、渓流釣りでのアマゴが紹介されていた。春を呼ぶ魚、春の味覚と言われているらしい。

 ところで、ローエルは、その著書『NOTO(能登)』の最後を天竜川にかかる橋、当時開通したばかりのJR東海道線にかかる天竜川鉄橋をくぐりぬけるところで紀行文を締めくくっている。そのくだりを紹介する。

 「午後のひとときは、すでにその終わりを過ぎて、太陽は遠くの小高い丘に沈もうとしている。東の方に目を向けると、東海道線の鉄橋が、四分の三マイルにわたるその長く横たわった姿を見せていた。大きなイモ虫が、川を跨いで乗っかっているように見える。舟はゆるやかな速度で、燃えるような日没の光を浴びている橋桁がたくさん並んだ鉄橋に近づいていった。/舟がその下を抜けていくと、鉄橋はぐるっと回転して向きを変え、突如として夕日を背にした不気味な、細長い影に変身していた。河口に近づいてゆくと、海の波の打ち寄せる音が、何か不気味な予感を感じさせながら、乳白色の東の空の方から聞こえていた。西の空はと仰ぐと、残照もまだ鮮やかで、黙って眺めていると、私は遠い西の彼方の能登の国への長旅を、海回りでしてきたような気分になっていた。-」

 私は浜松から静岡市への通勤でこのJR天竜川鉄橋を毎日朝夕二回通過しているので、とても印象深い一節となっている。この鉄橋からは海の波の音は聞こえないから、ローエルはもっと下流の、たとえば、国道150号にかかる遠州大橋あたりで下船したのではないか、一度たずね当ててみたい場所である。2009.04.05

 

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デュアルの思想  「誤探知」の教訓

 四月四日と四が二つも並ぶのだから、今日はあんまり縁起は良さそうではない。だから、きっと北朝鮮からはなはだ迷惑な疫病神「人工衛星」が打ち上げられるかもしれないと思った。だが、政府発表「北朝鮮から飛翔体が発射された模様」との正午過ぎの報道には、さほど驚かなかった。驚いたのは、五分後の「この政府発表は、誤って探知した『誤探知』」という訂正ニュースであった。二週間も前から通知していた事柄でこの体たらくだ。これがもし、予告もなく日本に向けて飛来する核弾頭だったら、取り返しのつかないパニックになるところだった。なにしろ、核弾頭が飛んできていないのに飛んできていると国民に流すわけだから、パニックになる。間違えば、迎撃にまで発展し、核戦争にも突入することだって考えられないことではない。単なる「誤探知」ではすまされない失態である。日本の防衛体制に不備があることを訓練ではなく、実地に思い知らせてくれたという意味では、北朝鮮には感謝すべきである。

 米早期警戒衛星に探知を依頼していることそのこと自体、日本の安全保障上問題だが、そこから情報を受ける防衛省/政府危機管理センターのお粗末さも相当なものだ。これでは、とても、緊急時の日本の安全保障は万全とは言えない。案の定、防衛省の最新鋭ガメラレーダー(千葉市旭市)の誤探知と判明した。米早期警戒衛星からはそのような飛翔体が発射された気配がないことから誤った探知と分かった。警戒衛星から発射されたとの情報がないのに、情報があったとわざわざ「付け加えて」、防衛省は(これで確認が取れたとして)政府に伝えたのか、機械と人間の間の関係にまで突っ込んで原因を探るべきだ。こういう場合、 

 デュアル(二重)思想が大事

だ。米の早期警戒衛星も二機ペアで警戒している。二機ともに探知した場合に初めて正確な情報、確実な情報として届けられる。悲しいかな、日本のガメラレーダーは実際に稼動しているのは一機のみ(計画は4基)。これではいくら最新鋭でも、信頼性はない。このことを今回、あらためて示した。それでは、最新鋭の機器がとらえた「飛翔体」とはなんだったのか。この原因を早期に確実に把握するためにも、二機でチェックするシステムが最低限度必要なのだ。まさか、北朝鮮のいたずら、日本の防空体制がどの程度かをテストする「おちょくり」だったのかもしれない。

 今回の誤探知は、日本の安全保障は戦前の考え方とほとんど変わっていないことを示したといえよう。どんなに最新鋭であっても、いや、最新鋭であればあるほど、機器は二台でワンセットという考え方をしないと、その機器は役立たない。

 それともうひとつ、最新鋭の機器さえ整えれば、安全保障は高まるというのは間違いだという教訓も忘れてはならない。最新鋭の情報が正しいとしても、それが何を意味するのか、分析する有能な分析官の養成だ。日本にはこれができていない。このことを誤探知はさらけ出したといえよう。

  それと、歯がゆいのは、日本にも飛翔体の追跡はできないが、歴とした情報収集衛星が二セット(光学衛星+レーダー衛星を1セットとして2セット計4衛星)が地球軌道を二十四時間回っているのに、今回のような事態にはほとんど役立たないということだ。一日二回、世界中のすべての地域の上空を通過し、地上の様子の情報を送ってはくる。しかし、今回のような刻々と追尾しなければならないリアルタイムで対応しなければならないケースでは役立たない。早期警戒衛星というもう一段高度な軍事衛星が必要となる。そんなことを考えると、何のための情報収集衛星か、と嘆きたくなる。日本の防空はハード的にも、ソフト的にも、さらに、ハードとソフトをつなぐ人材のいずれにおいてもお寒い限りである。このことを今回の北朝鮮「人工衛星」騒動は教えてくれた。2009.04.04

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米が「人工衛星」にこだわる理由  日刊ゲンダイ

 たまには、JR通勤の車内でタブロイド判の「夕刊フジ」や「日刊ゲンダイ」を読むのもいいなあ、と思うときがある。自分には気付かない意外な物の見方が載っていたり、二十年以上も前、大阪で夕刊紙記者をしていたころのことを思い出すからだ。当時は山口組対一和会の抗争が激しく、夕刊紙記者として大阪の街を取材に走り回った。山口組の竹中正久組長が一和会の組員に拳銃で暗殺されるという事件が起き、現場のマンションに駆けつけたことをよく覚えている。司法解剖は、以前から知り合いの大阪医科大学法医学教室の松本秀雄教授であったので、取材ではいろいろお世話になった。

 そんなこともあり、4月3日付「日刊ゲンダイ」を読んでいたら、「世界の美人政治家 ランキング」(スペインの有力紙「20Minutos」がウェブ上でネット投票している)の隣に、春名幹男=高名な元共同通信社ワシントン支局長、現在、名古屋大学大学院教授が「国際情報を読む」というコラムを書いていた。4月4日以降に打ち上げられると通告されている北朝鮮の「人工衛星」打ち上げについて、いかにも、春名さんらしい見方を書いている。タイトルは、

 米は今度も「人工衛星」で切り抜けか

というのだ。北朝鮮は1998年にテポドン1号ミサイルを打ち上げている。日本の防衛庁は専門家のさまざまな精密分析から「人工衛星などではあり得ない」との見解をアメリカ側に説明した。しかし、当時のクリントン政権は発射したのは「人工衛星」と断定した。なぜだろうか。春名さんは当時、ワシントンにいて、米政府高官から同じ説明を聞かされたという。よくよく背景を探ってみると、人工衛星「光明星1号」の打ち上げという当時の北朝鮮の説明をクリントン政権が事実上認めたのは、どうやら「米朝枠組み合意」(1994年)を守るためだったようだと書いている。高度に政治的なものだったというのだ。もし、そうだとすると、防衛庁は釈迦に説法ということになる。人工衛星ではないことぐらい重々承知していたのだ。それでも、素知らぬ顔で北朝鮮の言うように「人工衛星」であると、しらをきったということになる。

 で、今回はとなるわけだが、今回も、3週間も前に、デニス・ブレア米国家情報長官が(DNI)が上院軍事委員会で、人工衛星打ち上げとの北朝鮮の発表について「その意図だと信じる」と明言したというのだ。そういえば、ほかの高官の発言も、ミサイルだと言う人もいれば、衛星だという高官もいる。なぜだろうか。情報は確実につかんでいる。しかし、それをそのまま言えない状況があるというのが、春名さんの「読み」なのだ。つまり、オバマ政権の対北朝鮮政策がいまだ固まっていないからだという。それによって正確につかんでいるはずの情報の使い方が異なってくるのだ。「米政府・軍幹部の発言がぶれ、統一した見解が出せないのはそのためだ」と書いている。

 とすれば、事実がどうであれ、今の段階では、政治的には米国が人工衛星「光明星2号」と判断する可能性は高いことになる。これまで、日本政府は、ミサイルだ、ミサイルだと一本調子で無邪気に騒いでいる。しかし、米政府の政策が固まっていない以上、打ち上げ後に備えて、どう転んでも政治的な発言ができるように準備しておかないと、国際的には孤立する。事実、春名さんもコラムの最後で「米国が人工衛星『光明星2号』と判断すれば、強硬派は日本だけで、取り残されることになる」と指摘している。

 さて、そこで注目される小さなニュースを見つけた。4月3日付日経新聞夕刊総合面「ダイジェスト」欄である。隅っこの、それもわずか8行足らずの記事である。短いので全文以下にそのまま引用する。

 「ワシントン=弟子丸幸子 ウッド米国務省報道官代行は二日の記者会見で、北朝鮮が『人工衛星の打ち上げ』を通報し、準備を進めている問題を巡り、米朝間の"接触"は「先週」が最後だったと明らかにした。『北朝鮮は核問題を巡る六カ国協議の枠組みに戻ってもらいたい』と強調。ミサイルを発射した場合も六カ国協議の早期再開を目指す方針を示した。」 

とすれば、この点を重視するならば、米国は、打ち上げの事実がどうであれ、北朝鮮を刺激しないために、北が言うとおり「人工衛星説」をとることになる。

 この点を裏付けるような発言が、4月5日に放送された日曜討論(NHK)で、クリントン政権で北朝鮮問題を担当し、北朝鮮で生活経験もあるケネス・キノネス氏(国際教養大(秋田県)教授)からなされている。オバマ政権の北朝鮮問題解決の優先順位は低い。アフガン問題、イラク・イラン問題が最重要課題。オバマ政権としては北朝鮮問題に関して関心が薄く、あまり北朝鮮を刺激したくない。冷静に対応したいとしていた。すなわち、北朝鮮がそう言うなら、「人工衛星」だろうという寛大というか、正確な情報の把握はするものの、それとは別に政治的な面では冷静な対応になる可能性は高い。

 正確な情報を収集することは大事だ。正確な情報に基づいて国益を守ることはもっと大事なのである。情報はそのために使うものだというわけだ。国益がぶつかり合う国際政治はかくも非情なのだ。

  こう考えると、一部130円の日刊ゲンダイは安かった。 2009.04.03 

 この春名説に対して、早くも興味ある記事が、ロケット発射後の4月8日付静岡新聞夕刊一面トップに出ている。

 対北朝鮮決議/日本、中国と全面対立/安保理 米同調せず孤立か

 記事によると「五日から始まった協議で、米国は米国債の最大保有国である中国に強い態度で臨めず、日米で共同歩調が取れていないという。日本が孤立する可能性も出てきた」。事を構えると中国は米国債を売却するかもしれないということで遠慮するというならば、日本も中国に負けないぐらい米国債を保有している。なぜ、米国は日本に肩入れしないで、中国に遠慮するのだろうか、と言いたくなる。それとも、日本なら、どうともなると見くびっているのだろうか。それどころか「中国は(中国が議長を務める)北朝鮮の核問題をめぐる六カ国協議に悪影響を与えかねない決議は容認できない」というのだ。せいぜいのところが、米国は北朝鮮をできるだけ刺激しない「議長声明」でお茶を濁す算段のようだ。下手をすると、それすらもまとまらず、公式記録には残らない「報道機関向け声明」というほとんど意味のない決着になる公算もあるというのだから、国際政治は非情だ。2009.04.08

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疑わしきは司法の利益に  横浜事件再審判決の怪

 少しオーバーに言えば、「過去に目をつぶる者は、現在にも盲目になる」とドイツの戦争責任について国民に自覚を促した演説(1985年)を思い出す。ワイツゼッカー・ドイツ国家元首の言葉である。横浜事件再審判決は、判例と法解釈のみごとなまでの整然たる論理の展開があろうとも、一言で言えば、裁判所が終戦直後のどさくさの中で出された有罪判決について、その責任をあいまいにして、

 疑わしきは司法の利益に

を地で行った判決であろう。静岡新聞社説=共同論説資料の社説も

 過去に目をつぶるのか

と主張した。

 そのほかの地方紙の社説はどうか、データベースで調べてみた。

 南日本新聞=心情に沿えばよかった/ 琉球新聞=贖罪の機会を失した司法

 北海道新聞=事実を見ずに幕引きか/東京新聞・中日新聞=冤罪の責任は司法にも

 信濃毎日新聞=司法の反省はどこに/  岐阜新聞=過去に目をつぶるのか

 京都新聞=名誉回復に遠い「免訴」/  神戸新聞=不問でいいか戦時下の闇

 愛媛新聞=なぜ司法の責任に向き合わぬ/ 北日本新聞=司法の過ちになぜ触れぬ

 ざっと、こんなものだが、特高警察による最大規模の言論弾圧と言われている横浜事件についての論調はほぼ同じと言っていい。残念なのは、この再審判決について、北國新聞は社説で取り上げていない。

  言論弾圧事件の舞台となった神奈川県の県紙、神奈川新聞は「司法の責任果たしたか」という社説を掲げ、最後に「司法の責任に及び腰の判決が残念でならない」と現在の裁判所の姿勢を厳しく批判している。

 ただ、全国紙はどこも取り上げていないのは不思議であると思っていたら、4月3日付朝日新聞の第二社説に、

 横浜事件/司法が背負う過ちの歴史

と掲載されていた。社説は「大島(隆明)裁判長は判決でも『免訴では名誉回復を望む遺族らの心情に反する』と理解を示した。裁判官の中にも、過去を直視する姿勢が芽生えたと信じたい」と結んでいる。不可解なのは、心情に反するにもかかわらず、無罪ではなく、有罪/無罪の判断を避けた「免訴」をなぜ言い渡したのか、ということだ。これまでの最高裁の解釈「免訴」に従ったからであろう。裁判官は法と良心にのみ従えばよいとしても、最高裁の判断とは異なる判断を、よほど裁判長に勇気がなければ、出せないという事情がある。裁判官も人の子だ。良心に従って、最高裁判断に逆らえば出世が停まるのだ。

 疑わしきは裁判官の利益に。無罪を勝ち取るためには、確実な証拠が要る。この「真理」は、冤罪に限らず、裁判官の世界に今も根強く生きている。2009.04.03

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グラミン銀行  もう一つの「貧困ビジネス」 希望経済

 人の人生をわずか1ドル以下で劇的に変えられる経済政策があるということが信じられるだろうか。それがグラミン銀行である。3月31日付静岡新聞「人思い」欄にこのグラミン銀行の創設者、ムハマド・ユヌス氏を紹介している。きっかけは、こうだ。

 バングラデシュ・チッタゴンの貧しい農民四十二人に合計27ドルを貸したことがグラミン(農民)銀行のスタート。一人あたりにすると1ドルにも満たない。このマイクロクレジット(小額無担保融資)と呼ばれる金融は途上国に広がり、2006年のノーベル平和賞を受賞した。

 ユヌス氏はもともと経済学者であるが、自分の学問が祖国バングラデシュでは役に立たないことを思い知らされたことがグラミン銀行を創設しようという動機となった。

 どうしたら、担保もない貧しい農民を貧困から脱出させることができるか

 それが問題であった。途上国には、工場はもちろん、店らしい店もなく、そもそも雇用がない。生活をするには、自分で物をつくり、それを売ってわずかばかりの日銭の現金を稼ぐしかない。物をつくるには、なにがしか資金がいる。その資金は高利で借りるしかない。せっかく物を作って売りさばいてお金を儲けても、利息でほとんどとられて、残りは生活費に消えてしまう。これでは、もともとの借金がなかなか返せない。低利融資をする町の銀行は貧しく担保もない、しかも、女性にお金を貸すところはない。そこで、ユヌス氏自身が債務保証をして、町の銀行から資金を貸し出してもらったという。

 グラミンの特徴は、五人でグループをつくり、助け合いながら使途や融資を受ける金額を決めることだという。工員は農家の窓口で営業をする。担保は取らない。それどころか、子どもを学校に通わせることが条件。これでは、貸しても、お金は戻ってこないだろうと、最初は思われていたという。ところが、なんと、ほとんど戻ってきた。今では、800万人の利用者、ほとんどは女性が利用しているという。

 資本主義では、利益の最大化である。しかし、グラミン銀行は、社会の利益を最大化するためにビジネスをする。つまり、この銀行はいろいろな事業、太陽電池などに投資しているが、そこから得られる利益は、株主に配当しない。それよりも得た利益を再投資に回して、お金をリサイクルする。

 以上は記事の要約である。記事の最後は「社会の問題を解決するために、お金がリサイクルする社会をつくらなければなりません」と結んでいる。メガネを変えると、同じ社会でもそれまでとはまったく違う世界が見えてくるというわけだ。

 グラミン銀行は、いい意味での「貧困ビジネス」なのである。貧しい人々を貧困から脱出させ、自立心を育て、借りたお金で本人が幸せをつかむことができるからだ。その上、子どもたちに教育を受ける機会を与え、子どもにも貧困から抜け出す機会をつくることにも力を入れている。融資を受けるからには、子どもに教育を受けさせる義務も負わせることで、結局は国の将来を支える人材をも育てようとしている。

 経済学者も、もっと社会に役立つよう、その成果を還元してほしい。2009.04.03

 

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絶望経済  跋扈する「売らんかな」主義

 毎日新聞といえば、昔から、新聞社らしい新聞社として一定の矜持を持っていると自他ともに認めている。部数はほかの全国紙にかなり水をあけられているが、勲章となる日本新聞協会賞の受賞数は、どの新聞社よりも多い。これまでに新聞協会賞を23回受賞している。編集部門は3年連続である。ユニークな人材も少なくない。だから、会社がかたいでしまったのかも知れないという、うがった見方もあるにはある。

 それはともかく、3月31日付毎日新聞「経済観測」欄に、国際公共政策研究センター理事長の田中直毅氏が

 職業人の自己規律

について、書いている。隅っこにある小さな囲み記事ではあるが、なかなかの主張であり、傾聴に値する。田中氏は、今回の経済危機の原因を分析した上で「格付け機関のアナリスト、サブプライム層に対する貸出債権の組成者、証券化に当たってリスクの存在をあいまいにした金融商品設計者などに、職業上の倫理を問う仕組みをわれわれの経済社会の内部に持つべきである」

と鋭い指摘をしている。金融サミットG20開催が始まったことを受けて、こうした規律の仕組みを確認する場にサミットをすべきであるとも主張している。そのとおりである。こんなことは、工学分野では「工学者の工学倫理」として、大学で講義されて久しい。きちんとした教科書も何冊か出版されている。経済学の教育にもこうした職業人が持つべき倫理教育が必要だ。なにしろ、経済学には「金融工学」という分野が最近脚光を浴びていることからも、その必要性は増している。

 こんな立派な発言をしているので、さすがは毎日新聞であると感心していたら、その同じ頁に、小さな囲み記事で、同新聞社が発行している「週刊エコノミスト」4月7日号発売の記事広告(予告記事)が掲載されている。これが、なんと、

特集 絶望経済

というのには、あきれた。歴とした新聞社の歴とした商業経済誌がこんな「売らんかな」主義の特集タイトルをつけるのはあんまりだ。恥を知れと言いたい。これはかつてのトヨタ自動車工場に、期間工員として働いた経験のあるルポライターの名著

『絶望工場』

をまねたものだろう。田中氏の「経済観測」の見識とは、あまりにかけ離れた予告記事だ。

 毎日新聞よ、貧すれば鈍する? 

 ところが、朝日新聞系の朝日新聞出版もなかなかのものだ。最近、こんな恐ろしげでオーバーな題名の経済書を新刊発行している。

 『メルトダウン 21世紀型「金融恐慌」の深層』(榊原英資著)

 榊原氏といえば、「ミスター円」と言われたこともある国際的にもある程度知られたエコノミスト、元旧大蔵省国際金融局長、元旧大蔵省財務官、現在は早稲田大学教授。そんな見識と責任のある人物が、火事場泥棒とまでは言わないまでも、ここぞとばかり「売らんかな」で、原子炉溶融を思い起こさせる、あるいは意味する「メルトダウン」という金融危機をあおるような、しかも、サブタイトルに「金融恐慌」という文字を使うのは、あまりに、不見識。経済政策の専門家として倫理観の欠如した軽率さは、いくら出版社の求めであるとしても慎むべきであろう。国民をことさらに不安に陥れる、ある意味では悪乗りではすまされない悪質な行為ではないか。これでは「ミスター円」が泣く。 2009.04.02

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地方紙を読む 山陽新聞

 ビジネスマンなら、たいていの人は、併読紙として、日本経済新聞を読む。それも通勤電車の中で読む。あるいは併読経済誌として「週刊エコノミスト」を毎週、駅スタンドで読んだり、定期購読している人もいる。併読紙として、地方紙を読むというのは、よほどのの通人である。しかも、地元県紙を家庭で読み、併読紙として自分の県とは縁もゆかりもない地方紙を読む。意外にハッとするようなことが載っている。また、中央紙(全国紙)が一面で取り上げていることだけが、ニュースではないことも、併読地方紙からは分かる。

 というわけで、何気なく、少し遅れて届いた3月29日付山陽新聞の第一面評論「山陽時評」に目がとまった。千葉大教授の新藤宗幸氏が

 広がる下層ビジネス  困窮者へ公金を投下せよ

という主張をしている。群馬県渋川市の高齢者向け住宅「静養ホームたまゆら」火災死亡事件を取り上げている。生活保護受給者を「顧客」とする下層社会ビジネスに、市役所が片棒を担いだ、あるいは担がされた格好になっていることを鋭く突いていた。現代日本の下層社会のお寒い実態をまざまざと見せつけられたと嘆いている。嘆いているだけなら、つまらない原稿だが、現状をどう立て直すか、提案が具体的に成されている。

 そこで、よく読んでみると、公金投下とは、具体的には、公営住宅の建設と改修など社会資本の整備と医療・介護のサービスの強化である。すべり台社会をなくすには、まず、住所を確定し、身だしなみをしっかりしなければ、就職面接も受けられない。医療や介護がしっかりしていなければ、働くということ自体無理だ。なるほどと納得した。

 ところが、地方紙の面白いのは、この「時評」が載った同じ新聞の第三面に、

 母子加算を4月から廃止/生活保護(3段)

という記事が掲載されている。時評の主張とは逆行する内容なのである。厚生労働省は、十五歳以下の子どもがいる母子家庭に支給してきた生活保護の母子加算(月額約8000円くらい)を予定通り、四月に廃止するというものだ。母親に就労を促すための措置だという。

 地方紙を読む。そこからは全国紙ではなかなかわからない生身の生活者の実態が具体的に浮かび上がってくる場合がある。同じ原稿でも、取り上げ方、扱いが違うのだ。2009.04.02

 

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1ドル 大富豪と絶対貧民 

 米GMのR.ワゴナー会長が米政府から新たに巨額の追加支援を受ける条件として辞任した。同氏は米政府に最初の巨額資金支援を要請する際、自分の年俸を1ドルすることで合意していた。今日はエイプリルフールだが、うそのような本当の話だ。

 辞任ではまたうそのような本当の話が各紙の囲み記事に出ている。年金など退職関連手当が、合計で約2020万ドル。約20億円である。米証券取引委員会(SEC)に提出した報告書で分かった(3月31日付朝日新聞夕刊など)。このうち退職慰労金は受け取らないことで政府と合意しているという。それにしても、企業の存在理由として、ワゴナー氏の持論「株主の利益拡大」を挙げることからも分かるが、強欲資本主義とはすさまじい。

 ワゴナーさんは年俸1ドルでも豪勢な余生が送れそうだが、世界には、1日1ドル以下で暮らす「絶対貧困者」が、世界人口67億人のうち、五人に一人、12億人を超えているという。これは、ストリート・チルドレンなど、世界の実情を取材して回った石井光太氏の近著

 『絶対貧民 世界最貧民の目線』(光文社)

に出ている。日本でも、『ワーキングプア』(宝島社新書)で知られる門倉貴史氏の近著、

 『貧困ビジネス』(幻冬舎新書)

に、生活貧困者をターゲットにした、というか、食い物にしたさまざまな手口の「ビジネス」が紹介されている。一度失敗したら何処までも落ちていき、二度と這い上がれない「すべり台」社会の恐ろしさを訴えた湯浅誠氏の

『反貧困』(岩波新書)

も考えさせる名著だ。自己責任の美名のもとに、経済規制なき新自由主義を唱えることがいかなる社会を生み出すか、これらの告発はよく示している。それは、資本主義の自壊を通り越して、人と人のつながり、人間は社会的な動物であることをも破壊し、社会自体の崩壊を招きかねないという意味で、貧困問題は貧困者だけの問題ではないことを明確に示している。

 これは、うそではない。本当の話である。

 では、どうすれば、すべり台社会から抜け出せるか、ということだが、これは、明日の日記で紹介したい。2009.04.01

 

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