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「明日起きなくても不思議ではない」 東海地震説の33年

 「明日起きても不思儀ではない」というショッキングな言い方で東海地震説が登場して33年。ツインメッセ静岡(静岡市)で開かれた「震災対策技術展/自然災害対策技術展」静岡をのぞいてみた。メーカーによる地震防災技術の進歩には目を見張るばかりであり、あちこち見て回った。その後、「東海地震研究の現状と発生の可能性」(小山眞人静岡大教育学部教授=同大防災総合センター教授)」、および、「東海地震による強振動と津波の予測」(古村(ふるむら)孝志東大地震研究所教授」「観測データの変化に応じて発表される東海地震関連情報」(吉田明夫静岡大客員教授=地震防災対策強化地域判定会委員)という長たらしく、難しい公開講演会をすべて聞いてみた。久しぶりの本場、静岡県での地震専門家の話にメモを取った。

 ぐだぐだとした難しい、あるいはまどろっこしい話もあったが、結論を先に言ってしまえば、

 「明日起きても不思儀ではない」はずの東海地震は、「明日起きなくても不思儀ではない」と言えるまでに、研究が「進歩」しているらしい

ということである。つまり、東海地震は四、五年前までは、1944年の東南海大地震の割れ残りが単独で起きるというのが主流だったのに対し、最近では、どうやら、これまでの11回の東海・東南海・南海地震の歴史地震の示す通り、単独では起こらないというように研究の方向を軌道修正し、1854年の安政大地震(東南海と南海地震という大地震がほぼ1日ほどの短い間隔で次々に起こった)のような「連動発生説」や、あるいは数十分間隔でほぼ同時に起きた1707年の宝永大地震タイプの「東南海・南海同時発生説」など、東海地震のパターンを単独説も含めて多様化して研究するようになってきたのだ。単独説だけに固守しないで、「頭を柔軟にしておく必要がある」(小山教授)というわけだ。単独説をとらなければ、間隔を少し置いて将棋倒し式の連動発生説にしろ、東南海・南海同時発生説にしろ、東海地震の発生はこれまでの経験から、今後起こるとしても切迫性はこれまでより薄くなり、数十年先という可能性が高いのである。こうなると「東海地震は明日起こらなくてもなんら不思儀ではない」ということになる。キツネにつままれたような話に安心するやら、びっくりするやらの一日となった。これが、今の地震研究の現状なのだ。

  ただ、この研究方針というか、東海地震に対する見方の変更は社会的には重大な問題、課題を突きつけていることに注意すべきである。単独説でさえ、地震規模が大きく、かつ長い沿岸沿いに被害が発生することから、他県からの応援が果たして有効に機能するかどうか不安があるのに、連動、あるいは西日本同時発生となれば、どの県もわがとこの対応で手が一杯で、とても他県に組織的に応援する余裕がないことなる。ところが、ともすると最近は「自主防災活動」への関心が薄れているとの指摘(静岡市消防防災局防災部防災指導課 主査 杉村晃一氏)を聞いたが、むしろ自主防災力を強化していく取り組みこそが大事ではないか。2009.04.24

補記 4月22日付静岡新聞朝刊によると、政府の中央防災会議は、新たな地震調査研究の推進についての総合的、基本的施策をまとめた。それによると、東海、東南海、南海地震の調査観測研究を推進することは「最も重要な課題である」と位置付け、今後、十年間に三地震を軸に海溝型地震の連動発生予測の高度化を最重点的に進めるとしている。

 今回の静岡大学防災総合センターの公開講演会も、まだセンター開設2年目であるが、こうした動きに対応した研究の方向を打ち出しているような印象を受けた。2009.04.25

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