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もう一つのアカデミー賞  『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』

 もし仮に、老人として生まれ、やがて、壮年期にまで若返り、青年期から赤ん坊になり、死を迎えるとしたら、その人の人生はどのようなものになるだろうか。その心は同世代の人間と同じで、相応の歳になると恋愛に悩み、結婚も経験する。そんなテーマと取り組んだのが、今回の『おくりびと』で日本で話題になった米アカデミー賞にノミネートされた『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』である。かの『グレート・ギャッツビー』で知られる米小説家、F.スコット・フィッツジェラルドの短編小説の映画化である。老人ホームから人生を始めるベンジャミン(ブラッド・ピット)の目に、自分の人生はどう映るか、という興味があって、映画館で見てみた。

 結論を先に言ってしまえば、人生は何が起こるかわからない、人生はどうにもならないことの積み重ねである、という点では、時間の流れに沿って老いていく普通の人生と変わらない、ただ一つ、時間を逆行する人生のため、通常の人生に比べて、人の死をより多く見なければならないという、辛くもまた数奇な人生となるという点が、通常の人生とは大きく異なる。これを道路上を走る車にたとえれば、上り線、下り線の交通量は同じでも、自分の車と同じ方向に走っている車には、追い越しでもされない限り、なかなか遭遇しない。これに対し、対向車線の車は、次々とやってきて、やがて後ろに消えていく。若返りで時間が逆行する人生はこれと似ている。せっかくの出会いも、長続きがしない。

 そんな関係で、悲劇的なのは、結婚はできても、それを長く続けることができないということだ。映画でもこの悲劇が描かれていて、一方の妻デイジーは通常通り老いていくが、もう片方(映画では夫=ブラッド・ピット)は、若返っていく。時間が立つにつれて、年齢差が開いていく。この映画の結末では、年老いた妻デイジーが、生まれたばかりの赤ちゃんになってしまった夫を抱いて、その死を看取るという悲劇が描かれている。最近の言葉で言えば、不老不死ならまだいいが、アンチ・エイジング(老化防止、若返り)の究極の姿が描かれており、それは悲劇であるということを強く印象付ける物語である。『おくりびと』同様、生と死を、時間という切り口で真正面から取り上げた作品であり、アカデミー賞でもいくつかの部門賞を獲得しているのもうなずける。

 この作品は1920年代に書かれたようだが、時間と空間の考え方を根本的に変えてしまったアインシュタインの相対論の影響を受けているような気がする。

 こうした奇妙な小説としては、ある朝、主人公が虫に変身してしまったことを描いた物語、フランツ・カフカの『変身』や日本では、キューバ危機に影響されて書かれたと考えられる宇宙人家族の物語、三島由紀夫の『美しい星』が思い出される。『左側のない男』もこの範疇に入るだろう。

 また、老人ホームを舞台にしている点では、渡辺淳一の『エ・アロール(それがどうしたの)』と似たところがあろう。

 なお、映画の原作に最新刊のフィッツジェラルド短編『ベンジャミン・バトン 数奇な運命』(永山篤一訳、角川文庫)がある。映画だけでなく、原作を一度読んでみる価値は十分ある。 2009.03.14

 

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