« 不尽山はいつから「富士山」になったか 観光地ミシュランの三ツ星考 | トップページ | 二足歩行進化論   綱渡りもできるゴリラ »

静岡市のシンボル  あおいの塔

 静岡市の市役所本館を訪れた。スペイン風の青タイルドーム、「あおいの塔」で知られている静岡市のシンボル的な建物。浜松市出身の建築家、中村輿資平氏が昭和初期に設計した。当時の建設費は50万円だったが、ドームなどに予算を掛けて、最終的には65万円と大幅に建設費がかさんだそうだ。中村氏は、その点について、当時、議会で「これくらいのものでないと、後世にこの建物が静岡市のシンボルとして残らない」という趣旨の意見を堂々と述べたらしい。その説明通り、何度かの取り壊し騒動でも生き残り、戦争の災禍をもくぐり抜けて、今日に残ったことを思うと、中村氏の議会での「演説」は結果として正しかったことが、証明されたと言えそうだ。旧清水市との合併後の今も、ここには、ほぼ当時のままの静岡市議会が残されている。一階は、今は市民ギャラリーとして、市民に開放されている。

 先日、NHK「しずおか2009」「静岡けんちく図鑑特集 建築は生きている」(3月15日)には、この旧静岡市役所が紹介されていた。案内役は、常葉学園大学の土屋和男准教授。この番組には

 御前崎灯台(明治7年にリチャード・ヘンリー・ブラントン設計。もともとはレンガ造り)

 三嶋大社近くの看板建築(町の反映を支えた歴史的な建造物)

 下田市にある廻船問屋(家屋全体が漆喰の「なまこ壁」造り)。防火壁と屋内の湿気取りには漆喰は当時としては最適な建築機能材料だった。

 人とのかかわりに配慮した建築として

 ガラス張りで、吹き抜けがある掛川市役所が紹介されていた。平成8年に完成した建築だという。内部は、吹き抜けの中に茶畑をイメージしたモダンな構造になっている。それによって機能的にも、課ごとのしきりを取り払い、開放感のある構造になっている。

 そのほか、石と木材を巧みに利用した芹沢けい介美術館(石水館)も紹介されていた。広い庭のある近代和風建築の古渓荘(富士市=旧富士川町)も。この屋内からは、富士山が眼前に見える絶景が楽しめる。2009.03.17

 

 

|

« 不尽山はいつから「富士山」になったか 観光地ミシュランの三ツ星考 | トップページ | 二足歩行進化論   綱渡りもできるゴリラ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/44377382

この記事へのトラックバック一覧です: 静岡市のシンボル  あおいの塔:

« 不尽山はいつから「富士山」になったか 観光地ミシュランの三ツ星考 | トップページ | 二足歩行進化論   綱渡りもできるゴリラ »