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超多時間  1000時間

 願わくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの望月のころ(西行、新古今和歌集)

 きさらぎ(如月)とは、陰暦二月のことであるが、現行の新暦(太陽暦)で言えば、三月のころに当たるのだろう。きょう、三月二十日(陰暦二月二十四日)は「春分の日」で、静岡県内では、さくらの開花予想日となっている。ただし、望月(満月)とは、いかず、ちょうど半分が欠けた下弦の月である。私も西行のような願いがある。そんな日に、人知れずこの世を去りたい。そんな心境の団塊世代である。まだまだ、西行の心境になるには早い、とも思う。仕事以外の時間を大切に生きたいとは思うが、いろいろ迷う世代かも知れない。

 ところで、こんな計算があるのだが、驚くべきことではないかと、気づいた。

 週休2日(土日休み)、有給休暇年間20日のうち15日間(あと5日間は病気などに備えて取っておく)を、仕事を離れて自由に使える時間として楽しむ。それでも、まだ、年間1000時間の自由に使える「時間資産」がある。その理由はこうだ。月曜日から金曜日までの平日一日の生活で、8時間の仕事、8時間の睡眠、そのほか、通勤+食事+家事に4時間を費やしたとしても、

 平日1日4時間、自由に使える。一週間に換算すると、これが20時間。1年間は50週間だから、20時間×50週間=1000時間

という計算になる。365日-有給休暇年間15日=350日、すなわち50週が働く週間数。

 繰り返すようだが、毎週土日は休み、有給休暇年間15日を楽しみに使ってしまってもまだ、

 年間1000時間もの自由に使える時間がある

ということだ。この超多時間という「時間資産」を、どう使うかで、人生大きく変わるような気がする。1000時間と言えば、長編小説が一冊かける時間に相当するだろう。そんな時間があと10年間、満開の花の下で春死ぬまで、続くとすると、細切れの時間ではあるが、

 超多時間=10000時間

となる。長編小説執筆なら、10冊分に相当する。

 もっとも、あと10年間「毎日が日曜日」だとすると、先の計算で、平日の仕事8時間が丸々自由になるわけだから、土日は休むとして自由に使える

 超多時間=1日12時間の自由時間×5日×50週間=3000時間

と三倍に増加する。ただし、こちらは、細切れ時間ではなく連続した「上質」の時間である。10年間で30000時間にもなる(土日休み、年間無給休暇15日として)。

 蛇足だが、参考のために、付け加えると、現行の時短促進法では、

 政府目標年間平均労働時間=1800時間である。2009.03.20

 

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