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疑わしきは裁判官の利益に   有罪率99.9%は語る

 周防正行監督の映画

「それでもボクはやっていない」(2007年1月公開) 

を見て、感じたことを正直に言えば、

「疑わしきは裁判官の利益に」

という裁判の現実である。この映画は痴漢冤罪をテーマにしたものである。身に覚えがなくても、被告となってしまった以上は、無実を示す確実な証拠、確証が要る。確証がなければ、有罪となる。有罪が疑わしくても、検察官の言い分がそのまま、裁判官は踏襲するからだ。なにしろ、起訴された事件の99.9%が有罪となっている事実があり、裁判官も人の子、疑わしいからといって、無罪を言い渡すには勇気がいる。上級審で有罪になれば、そこはやはり、出世の妨げになるからだ。変人裁判官と見られかねないという不安もある。

 ところが痴漢事件の場合、無実を証明する確実な証拠、物証が乏しく、立証は難しい。そこに持ってきて、「男は痴漢をするもの、女性があえて痴漢にあったと訴えるのはよほどのことであり、それでも訴えるということは、その訴えは真実であるに違いない」と世間も、裁判官も頭から信じる。これでは、いくら

「疑わしきは被告の利益に」

という法理で被告の利益を守ろうとしても、法理の力はかすんでしまう。

つまり、「それでもボクはやっていない」と主張するだけでは、無罪を勝ち取れないのである。だから、痴漢の場合、被告にならないように、満員電車には乗らないという自衛手段をまず、世の男性はとるべきだ。

 それと、裁判官の意識だけでなく、いまだに、検察官・警察官は、痴漢事件のように証拠が不十分な場合、

「疑わしきは自白重視で」

ということが、取り調べで、まかり通っていることも、冤罪を生んでいる。「お前がやったのに違いない」というはなからの思い込みから強引な取調べが行われるようになる。

 このことが、富山県の強姦冤罪事件を引き起こした原因となっている。この場合は、検察官の「疑わしきは自白重視で」という意識と、裁判官の「疑わしきは裁判官の利益に」と、被告の利益を図るべき弁護士も、はなから「依頼人は強姦をやったにちがいない」ときめつけていたことが、せっかくの「疑わしきは被告の利益に」という法理も無力化してしまい、悲劇を生んだといえそうだ。

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